2017-01-01から1年間の記事一覧

『冷酷な丘』

わたしが大好きな作家、いまは亡き打海文三は、熱狂的な読者がいる一方で、ベストセラー作家と呼べるほどの売り上げがありませんでした。その状況を指して、自身の息子から「売れないエンターテインメントに意味はあるのか」と言われ、もっともだと頷いたと…

上手いって何ですか

かつて、夢枕獏は自著『餓狼伝』において、登場人物にプロレスラーの肉体の凄さについて語らせました。と同時に、あるエッセイにおいて、藤原喜明の、関節技は筋肉ムキムキのレスラーには簡単に決まるという言葉を紹介しています。ここで語られるのは矛盾し…

この冬も

微々たる金額ですが、「あしなが東日本地震津波遺児基金」と「国境なき医師団日本」に寄付をしました。まだ、何も話せません。でも、おそらく十年以内に、語らなくてはならないときが来るはずです。そのとき、自分の言葉で語りたい。口当たりの良い、気の利…

『罪責の神々』

依頼人は嘘をつく。それを織り込んで裁判を戦う弁護士、ミッキー・ハラー。彼は今回、それとは逆に無実を訴える依頼人を信じて裁判に臨みます。それは、依頼人が信頼出来る人物だからではありません。被害者が既知の女性だったからです。過去に交流のあった…

『母性のディストピア』

ずっと、小説家だけを「作家」と呼ぶことに疑問を持っていました。映画監督だって、音楽家だって、漫画家だって同じだろうと。あるいは「映像作家」といった言い方にも違和感を持っていました。作家ではなく〇〇作家と呼ぶのは、小説を一段高く見積もる態度…

久闊を叙する

先日、東京を超えて浜松に出かけました。友人と呑むためです。大人になってから親しく付き合う友人が出来るというのは稀なことです。それぞれが既に自分なりの価値観に基づいた生活環境を持っていて、それが重なるのは僅かな部分に過ぎません。それが、仕事…

問う映画

2017年11月22日。平成29年の誕生日に『ブレードランナー2049』を観ました。これは意識してのことです。埴谷雄高の『死霊』の「自分とは何かではなく、何を以て自分とするのかと問うべき」を経て、もう一度返って「自分とは何か」を問うてみるのも一興。そん…

猪木イズム考

高田延彦とヒクソン・グレイシーが戦ったPRIDE.1から20年ということで、関連書籍の発売が続いています。何とまあ、賑やかなこと。そのなかの一冊に『プロレスが死んだ日』というものがあります。当然ながら、「プロレスは死んでいない」という反論が出ていま…

『鹿の王』感想②

上橋菜穂子の『鹿の王』では、人間のみならず、生きとし生けるものの体の複雑さ不思議さを説きます。病もまた、その構成要素の一つです。その病を根絶することは事実上不可能で、わたしたちは共生するしかありません。奇しくも、最近始まったNHKスペシャルの…

『鹿の王』感想①

「飢えは戦争の合法的な武器であり、われわれはそれを叛徒に対して用いることを躊躇しない。」フレデリック・フォーサイスが『ビアフラ物語』で記している、ナイジェリアの政府高官の言葉です。上橋菜穂子の『鹿の王』では、ある王国を舞台に、被征服民族の…

曲解・硬派の宿命

生物の進化の過程において、それは徐々に進むのではなく、あるとき突然変異的な異端が生まれ、それによって階梯を一気に上ると聞いたことがあります。地球を一つの生き物として捉える思想があり、それは地表で蠢く生き物を含みます。その中の一部、人間の作…

東京小旅行⑤

二日目は、前記の三部構成に加えて、もうひとつイベントがありました。ホテルにチェックインして、ベッドにごろん。一時間半くらい仮眠を取りたいと思っていましたが、そうは問屋が卸しません。静かに静かに興奮が這い上ってきて、目を閉じて寝返りを打つば…

東京小旅行④

第三部は紀伊国屋書店の本店に行くことです。やはり学生時代、一度だけ訪れて以来のこと。目当ては宇野常寛の『母性のディストピア』を買うことです。本の内容、その他感想は読んでから書こうと思っていますので、今回は触れずにおきます。とにかく、地元の…

東京小旅行③

第二部は「新宿御苑で大沢在昌の『毒猿 新宿鮫Ⅱ』を読むこと」です。『毒猿』の最後、物語のクライマックスの舞台が新宿御苑、その中の「台湾閣」です。案内のチラシには「旧御涼亭」とあり、現在は呼び名が違うのかもしれませんが、わたしの中では台湾閣で…

東京小旅行②

東京旅行の二日目は三部構成。テーマは“お上りさん”。第一部は「はとバスツアー」です。大学時代の四年間を東京で過ごしたとはいえ、足を運ぶ場所は限られており、東京は広く、地理に詳しくありません。そこで、東京駅から出発してレインボーブリッジを走り…

東京小旅行①

久しぶりに東京に出かけました。観光ではなく明確な目的があってのことで、ビジネスホテルの予約からすべて自分で準備をしました。初日の目的地は後楽園ホールです。通っているボクシングジムのプロ選手が東日本新人王決勝戦に出場するので、その応援です。…

跳ぶ物語

森絵都が描く、スポーツ青春物語。面白くないわけがありません。シリアスとユーモアのバランスも素晴らしい、愛おしくなる作品です。いま、読み終えて本棚に収まっていますが、その背表紙を眺めていると、閉じたページの中で若者たちが元気に飛び込みをして…

挑戦の第13巻

羽海野チカの『3月のライオン』の最新巻、第13巻を読みました。この物語の主要登場人物は若者だけではありません。若者であれ大人であれ、その誰もが己の未熟さを自覚し、必死に生きています。研鑽、切磋琢磨。この言葉が自分の日常にあるのかと己に問うとき…

男体山

先日、栃木県の日光は男体山に登りました。初めて登ったのは約18年前。登山に興味を持ち始めて、ちょこちょこと近場の山に出かけていたころのこと。その後、ボクシングジムに通い始めて、週末もそちらに足を運ぶことが多くなり、登山からは自然と足も遠のい…

大義

安倍晋三首相の唐突な衆議院の解散について、「大義がない」という批判を多く聞きます。しかし、そもそも“大義”など必要でしょうか。政治が陣取りゲーム、選挙が合法的な喧嘩程度のものなら、大義などという大時代的な言葉も、それに熱中する人たちの興奮を…

『門』

『三四郎』でまだ何者でもない若者を、『それから』でモラトリアムの終わりを、『門』で物語のクライマックスの後に続く“日常”を描いた三部作。作者は、一組の夫婦の過去について説明することなく、現在進行している日々の暮らしと心の揺れ動きを語っていき…

コール

プロレスラーの高山善廣が試合中のアクシデントにより、首から下が麻痺して動かない状態になり、医者からも治る見込みはないと告げられたそうです。夢枕獏はUWFを運動体と表現しました。それは選手だけではなく、応援する観客をも巻き込んだものでした。自分…

イメージ戦略

わたしが住む地域でも、スマートフォンと地域の防災無線のスピーカーからJアラートというおしゃれな警報が流れました。不快な音。まず最初に思ったのは、それでした。生理的嫌悪感をもよおさせる、気持ちの悪い音でした。今回のことで、北朝鮮とJアラートの…

『それから』

江戸時代、国とは藩のことでした。それは「国へ帰る」という表現で現在に残っています。その封建制度の世にはなかったけれど、近代国家の明治の世に現れたもの。それは“社会”です。国家の内実としての社会を構成するのは“市民”です。言い換えれば、明治にな…

思い出は力

かつてキミが聴いていた音楽は、わたしの出発点を明確にしてくれる。

『三四郎』

青春小説の系譜を遡ったとき、たどり着くのが夏目漱石の『三四郎』なのかもしれません。すべてはここから始まった。そんなコピーが思い浮かびます。文学史や近代小説という視点からの評論は専門家にまかせて、ここはひとつの小説として向き合いたいところで…

悔い

誰もが、もう一度まったく同じ人生を送りたいかと訊かれたら、否と答えると聞いたことがあります。悔いばかりの人生です。何かに失敗したこと、もう少し上手くやれればということ。そして、しなかったこと。しかし、取り返しはつかなくても、やり直すことが…

『オリヴァー・ツイスト』

ディケンズの『オリヴァー・ツイスト』を読みましたが、なんとも感想を書きにくい小説です。主人公の少年の名前がオリヴァー・ツイストですから、彼の経験する出来事と、それらを経ての人間的成長を描いた物語と思いきや、そうではありません。オリヴァー少…

たまには拗ねて

もう何年も前、ある地方銀行が経営破綻して、一時的に国営化されたことがあります。そして、一千万円までの預金とその利息は保護されるということが繰り返し何度も報道されたにもかかわらず、預けたお金を引き出そうと預金者が銀行の窓口に殺到しました。内…

『二都物語』

ディケンズの『二都物語』はフランス革命を舞台とした物語です。この物語を読みながら、豊浦志朗の『硬派と宿命』と船戸与一『砂のクロニクル』の、それぞれの序文を思い出さずにはいられませんでした。現時点での最良の政治システムとして民主主義が規定さ…