『R帝国』

中村文則の『R帝国』を読みました。初めて読む作家で、そのキャリアを知らずに手に取りました。読み始めてすぐに、若い作家の文章との印象を受けました。辺見庸の、芥川賞を受賞した『自動起床装置』について、瑞々しい文体に若い作家の手によるものとの印象…

キミ金2

お金の話をするのは、はしたない。でも、切実なものであるのもまた、お金。そのお金についての正しい知識、考え方を持たずに書店の棚に溢れている経済の本(その多くは裕福になるための指南本)を読んでも、誰かが得れば誰かが失うゼロサムゲームにおいて、…

スウィングしなけりゃ

佐藤亜紀の『スウィングしなけりゃ意味がない』はナチス政権下のドイツはハンブルクが舞台。まだ禁止されてはいないアメリカの音楽、ジャズに熱狂する若者たちの姿を描いています。スウィングとは、生き生きと輝く生命の燃焼でしょう。それを邪魔するものは…

『我らが少女A』

高村薫の『我らが少女A』は『マークスの山』に始まる“合田雄一郎”シリーズの最新作です。ある殺人事件が起き、取り調べの過程で、被害者の女性が12年前の別の殺人事件に関わっていた可能性が浮上してきます。物語の焦点は、その女性。12年前には高校生だった…

『訣別』

マイクル・コナリーの『訣別』を読みました。物言わぬ死者のために正義を追求するハリー・ボッシュ。その過程で自らが属する警察組織と衝突し、前作では異母弟の弁護士ミッキー・ハラーの調査員になりましたが、今作では無給の予備警察官となっています。一…

『ザ・ボーダー』②

ドン・ウィンズロウの『ザ・ボーダー』には現実のアメリカの姿が色濃く反映されています。トランプ大統領の誕生です。トランプ氏をモデルにした人物のみならず、さらに念を入れて娘婿まで登場させます。アート・ケラーは、この二人をターゲットにします。か…

『ザ・ボーダー』①

ドン・ウィンズロウの『ザ・ボーダー』を読みました。『犬の力』『ザ・カルテル』に続く三部作の完結編です。今回、主人公のアート・ケラーは麻薬取締局局長として麻薬カルテルとの戦いに臨みます。前二作と同様、彼は徹底的に戦います。敵組織とも、保身を…

何もしていない

この夏も、微々たる金額ですがボーナスが出たので、「あしなが東日本地震津波遺児基金」と「国境なき医師団日本」に寄付をしました。こうして寄付をするたびに、わたしは何もしていないと感じます。学生の頃だったでしょうか、友人の家に遊びに行ったところ…

それでも

加藤陽子の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』を読みました。再読です。初めて読んだときには、人間が他者との関係性においてのみ個人で在り得るように、人間の集合体である国もまた他国があってこそ存在し得ることを考えました。rascal2009.hatenablog…

『悪の五輪』

月村了衛の『悪の五輪』を読みました。この作品は、もともと東京オリンピックを題材にしたアンソロジーに収録された短編『連環』を長編化したものです。先に書かれた短編を基に長編を書く、レイモンド・チャンドラーと同じ手法です。この作品の主人公は東京…

尽くす

高村薫と南直哉の対談『生死の覚悟』は、仏教の入門書としては薦められません。二人は、仏教に馴染みのない初心者の読者を想定し、それを補うべく前提となる基礎知識を会話の端々に配置するという意識が、ないとは言いませんが希薄です。そして、何よりも本…

『冬の光』その②

この作品に登場する男性は平凡なまでに典型的な企業人です。その妻も、内助の功こそが生きがいという女性です。この妻は、男性との出会いにおいて学歴や知識という意味ではなく、一人の人間として聡明という描かれ方をします。作中において、彼女はまったく…

『冬の光』その①

家族といえども他人です。そのすべてをわかり合えるはずもありません。篠田節子の『冬の光』は、父親と娘(次女)の二つの視点で語られます。第一章は娘によって、母親と姉を交えた女たちによって父親の(彼女たちの目に映った)姿が語られます。第二章は父…

反省会

80年代を代表するキャッチコピーのひとつ、「反省だけなら猿でも出来る」。先の戦争において、作戦の立案を含み、実際に軍という組織を動かしたのは佐官レベル、課長級の人たちだったと何かで読んだ記憶がありました。それ以上の将軍たちは上げられた書類に…

逢魔が刻

自動車を運転するに際して最も危険な時間帯は深夜にあらず、夕方です。昼と夜の境。目に映るものの輪郭が柔らかく溶けていきます。黄昏という言葉は「誰そ彼」、あれは誰だと問う言葉です。そして、夕方を表現する言葉がもうひとつあります。「逢魔が刻」で…

『マルドゥック・アノニマス4』

冲方丁の『マルドゥック・アノニマス4』を読みました。第三巻の最後、ついに『マルドゥック・スクランブル』のヒロイン、バロットが捕らわれたウフコックの前に現れたところから物語は始まります。バロットとウフコックは、『マルドゥック・スクランブル』の…

フォーサイスかく語りき

フレデリック・フォーサイスというと長編のイメージがありますが、短編も切れ味鋭いものがあります。その作家の自伝は、細かい章立てでエピソードが並ぶ、各話が読んで面白い短編集のような趣です。しみじみと人生を回顧するような様子はありません。自伝で…

『ありふれた祈り』

この日常こそ、かけがえのない宝物。事象を語る際に万年単位の歴史の中で、数十年の命など瞬きにも満たない一瞬の出来事ですが、だからこそ愛おしい。メルヴィルの『白鯨』の系譜に連なるスタイルとでも言えば良いのでしょうか。ウィリアム・ケント・クルー…

己を頼む

何故か、劇場版『新訳Ζガンダム』で最も印象に残っている台詞。主人公たちと敵対する、地球連邦軍のブラン・ブルターク少佐の出撃間際のものです。ブラン:「強化人間のロザミアの性能のチェックもして、アウドムラ(敵側の航空母艦)の足も止める。楽なゲー…

『リプレイ』

ケン・グリムウッドの『リプレイ』の名前は知っていましたし、傑作との評も承知していましたが、ずっと読まずにいたのは巡り合わせとしか言いようがありません。あるいは、わたしの読む準備がようやく整ったのが“いま”だったのかもしれません。誰もが、もう…

『償いの雪が降る』

年末恒例のランキングとは無縁の読書生活を送っていますが、それらを否定してはいません。思うところがあり、アレン・エスケンスの『償いの雪が降る』を読みました。まず感じたのは、著者の若さです。余計なことは書いちゃいられない、最終地点に向かってま…

藤沢周平を二作品

久しぶりに時代小説を読みたいと思い、藤沢周平の作品を手に取りました。一冊は『霧の果て 神谷玄次郎捕物控』です。連作短編集で、この手の作品は扱われる事件、その当事者たちの物語が描かれ、視点を受け持つ語り手の主人公は観察者あるいは傍観者ですが、…

『本陣殺人事件』

横溝正史の『本陣殺人事件』を読みました。作家の意欲が行間から溢れ出している作品です。後発の映画化もされた傑作群と比べると、いわゆる“けれん”が少なく感じますが、ここから積み上げていったと考えれば、それも瑕疵ではなく、シリーズ第一作にして既に“…

贈る言葉

自分(たち)が幸せになることが一番の親孝行、恩返しであるならば、幸せになれ。もっと幸せになれ。もっともっと幸せになれ。幸せに貪欲であれ。

慣れと認識

昨年の十二月、東京は荻窪の古本屋巡りにて購入した、島尾敏雄と吉田満の対談『特攻体験と戦後』を読みました。書店にて目にした瞬間、「これを読まなければいけない」と思いました。少しでも多角的に読みたいと、まず手元にある阿川弘之の『雲の墓標』を読…

『冒険小説論』

かつて、「読んでから見るか 見てから読むか」という映画のコピーがありました。北上次郎の『冒険小説論』も同様です。冒険小説と呼ばれる作品を読んでから本書を読むか、本書を読んでから冒険小説と呼ばれる作品を読むか。まず、後者はあり得ません。本書を…

負ける読書

伊丹十三の『日本世間噺大系』を読みました。多方面で活躍した人で、人によって捉え方が違うでしょうが、わたしにとっては映画監督です。抱くイメージはダンディズム。ずっと興味がありましたが、新刊書店はおろか古本屋で見かけることも少なく、手に取る機…

こころの話

「人間は言葉によってのみ真に思考する」(立花隆)なら、その外側に出ることが出来ないのもまた一面の真理。しかし、その言葉の重なりは生まれ育った国が違えど無限です。試合とは「試し合う」と書きます。相手がいてこそ自分を知ることが出来ます。敵を知…

『親を送る』

井上理津子の『親を送る』を読みましたが、感想を書くことが出来ません。文章の一行一行が、言葉の一つひとつが塊となって胸を打ち、それらを咀嚼して自分の言葉にするという作業に取り掛かれません。この本を読んだということのみを記します。親を送る: そ…

『ニセモノの妻』

現在の日本と似ているけれど少し違う世界、架空の国を舞台に、現実とは違う常識、価値観に基づいて暮らす人々を描く三崎亜記の作品を読むと、わたしたちが常識として疑わない価値観の脆弱性を思い知らされます。その逆説的なリアリティが魅力の作家です。そ…