2009-07-01から1ヶ月間の記事一覧

『文明の衝突』雑感

サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』が出版されたのは1998年、後に言われる“失われた十年”の真っ只中でした。有名な本ですので、ここでは特に内容には触れません。読んだきっかけは大多数の人と同じでしょう、価値観が錯綜して混沌とした世界を理解し…

読む劇薬・大藪春彦

大藪春彦の作品を読んで感想を書くことは意味が無い。何故か。そこに書かれていることがすべてだからだ。毒を以って毒を制す。悪魔に魅入られたかのような魂の浄化作用。それが大藪春彦を読むということだ。カーとガンとセックスを除いたら何も残らない。手…

チームワーク

日本人初の宇宙飛行士、秋山豊寛氏のエピソードとして、テレビ中継された際の宇宙からの最初のコメントが「これ、本番ですか」だったことが有名です。しかし私にとって最も印象深かったのは別の場面でした。候補者に選ばれて間もない時期、まだ専門の訓練も…

ボクシング

BOX

80年代後半だったと記憶しています。思想という程大げさなものではありませんが、ある考え方を耳にしました。発信元はアメリカ。ビジネスの世界において、肥満している者、飲酒癖のある者、喫煙の習慣がある者は評価されない。あるいはその対象にならない。…

茶番

自民党が揉めています。一連の醜態で、表面に浮かび上がってきたことがあります。自民党は、民主党を「寄り合い所帯」と批判していましたが、自分たちもまた同様であることを露呈しました。派閥という名の小さな政党の集合体。それが自民党です。彼らの最優…

あれから何年

あれから何年経ったのでしょう。あの忌まわしい小学校襲撃事件から。その時私がテレビ画面に見たのは、おぞましい光景でした。怒りという感情は通常は熱を持つものです。しかしその時私が感じた怒りは、冷たく冷えたものでした。年齢にかかわりなく、それで…

私的・船戸与一論 その九

羽海野チカの漫画「ハチミツとクローバー」にこのような台詞がある。 「子どもが子どもなのは、大人が何でもわかっていると思っているところだ。」作家が正しい世界観を持ち、いつでも真実を見通し、完成度の高い作品を著すと考えるのは、上の「大人が〜」と…

私的・船戸与一論 その八

イギリスの歴史家・思想家・政治家のジョン・アクトンの発したテーゼ。「権力は腐敗する。絶対的(専制的)権力は絶対に腐敗する。」この腐敗する権力が正史を司る。そして対抗勢力がその権力を打倒した時、自身もまた権力となって腐敗する。硬派はこの腐敗…

私的・船戸与一論 その七

『虹の谷の五月』で直木賞を受賞した際に読売新聞に寄せた文章を、一部抜粋。「これまで多くの辺境での開放闘争をテーマとして書いて来た。しかし、冷戦構造崩壊を機にみずからが造りだす作品世界に奇妙な齟齬感を抱きはじめたのは否めない。かつて、辺境で…

私的・船戸与一論 その六

船戸与一の、己の創作についての言葉。「叙事の積み重ねが叙情を凌ぐ」大辞林によると、“叙事” 事件や事実をありのままに述べること。“叙事詩” 神話・伝記・英雄の功績などを物語る長大な韻文。“叙事的演劇” 観客の感性に訴えようとする演劇に対して、理性に…

私的・船戸与一論 その五

大藪春彦といえば言わずと知れたハードボイルドの先駆者にして巨星として、その死後も輝きを失っていない。その大藪の『復讐の弾道』(光文社文庫)の解説を船戸与一が書いている。「大藪春彦は主人公たちに、たとえば伊達邦彦にかならず次のような性格を附…

私的・船戸与一論 その四

日本においてハードボイルドと言えば、船戸が「ハードボイルドを堕落させた」としたチャンドラーに連なる系譜が主流だ。大沢在昌はハードボイルドを「惻隠の情・傍観者のリリシズム」と定義する。 原籙は「私にとってハードボイルドは文体がすべて」と言う。…

私的・船戸与一論 その参

『山猫の夏』の弓削一徳、通称山猫は物語の最後に命を落とす。 この作品は作中で名前を与えられない“おれ”という日本人青年の一人称によって語られる。山猫の言動はこの“おれ”が見聞きしたという形でのみ語られる。 “おれ”は最初、安酒場のバーテンをしてい…

私的・船戸与一論 その弐

やはり豊浦志朗名義の作品に『叛アメリカ史』がある。「正史-強い者が勝つ。力学が法則にすり変わる。勝った者は正しい。叛史は正史の対極にある概念である。正史が設定した座標軸(権力が自らを正当化するために並べた価値観)をぶち壊すことを目的としたヴ…

私的・船戸与一論 その壱

船戸与一は大略次のように書いた。「冒険小説、国際謀略小説。何と呼ばれようと、自分は一貫してハードボイルドを書いてきた。」では船戸の言う“ハードボイルド”とは何なのか? すべての作家は処女作に帰るという。換言すれば処女作の中にその作家のすべてが…