チームワーク

日本人初の宇宙飛行士、秋山豊寛氏のエピソードとして、テレビ中継された際の宇宙からの最初のコメントが「これ、本番ですか」だったことが有名です。しかし私にとって最も印象深かったのは別の場面でした。

候補者に選ばれて間もない時期、まだ専門の訓練も受けていなかった頃と記憶しています。ソ連のロケットで宇宙に行くことからロシア語でのコミュニケーションの困難、一通りの訓練を受けるとはいえ専門家の中にほぼ素人の氏がメンバーとして入ることのギャップを念頭に置いての質問と想像しますが、ある記者が「チームワークの点で不安は無いか?」と尋ねました。それに答えた氏の言葉を正確ではありませんが、今でもはっきりと覚えています。

「各人が自分の職務を責任を持って果たすことがチームワークだと考えるなら、まったく心配はしていない。」

日本の社会は長らく家父長制を基にしてきました。家庭においては父親が絶対の権力者であり、「お父さんのおかげ」という言葉は子どもにとって絶対に口ごたえを許されないものでした。これはそのまま企業にも当て嵌められました。社長を父親に見立て、社員は家族としてその庇護下にいるものとして絶対の服従を強いられる。TBSが巨額の費用を投じたプロジェクトです。下種な言い方をすれば宇宙飛行士の椅子を金で買ったのです。「周りに迷惑をかけないように頑張ります」とでも言っておけば無難だったと思います。氏の台詞は、組織に属しながらも、自分の持つべき価値観をその組織に委ねない強さを持つ人がいることを私に教えてくれました。

やはりと言うべきか、氏はその後TBSを辞め、農業に従事する生活を選びました。その転進の鮮やかさもまた見事でした。