私的・船戸与一論 その九

羽海野チカの漫画「ハチミツとクローバー」にこのような台詞がある。
「子どもが子どもなのは、大人が何でもわかっていると思っているところだ。」

作家が正しい世界観を持ち、いつでも真実を見通し、完成度の高い作品を著すと考えるのは、上の「大人が〜」と同じことだ。作家が読者にこう思わせることの是非はここでは触れない。

“その七”で抜粋した寄稿文にもあるように、船戸与一もまた混乱の最中にいる。この十年の間に発表された作品の中には、「これは硬派の物語ではない」と思ったものもあった。

しかしこれだけは言える。船戸は決して過去の貯金で作品を書くような真似はしていない。今も地べたに自分の足で立ち、前に進んでいる。

これまで各作品について、内容も感想も書かなかった。私など足元にも及ばない多くの書き手が既にネット上にたくさん書いているので、その必要性が無かった。