上手いって何ですか
かつて、夢枕獏は自著『餓狼伝』において、登場人物にプロレスラーの肉体の凄さについて語らせました。と同時に、あるエッセイにおいて、藤原喜明の、関節技は筋肉ムキムキのレスラーには簡単に決まるという言葉を紹介しています。
ここで語られるのは矛盾したものではありません。それは、プロレスラーの“強さ”への揺るぎない信頼です。
柳澤健の『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』において、著者のものであれ、インタビューを受けたプロレスラーのものであれ、評価の言葉は強いではなく“上手い”です。
誰がどのような理屈を並べようと、バーリ・トゥード、総合格闘技、MMAが世に現れたことによって、プロレスは強さという魅力を失いました。
その端境期に混乱を来たした、新日本プロレス。それは、アントニオ猪木がストロングスタイルを掲げ、プロレスと(純粋に勝敗を競う)格闘技を区別しない態度を取り続けたことの結果でした。
禍福は糾える縄の如し。かつて多くのファンを熱狂させたテーゼが、今度は新日本プロレスを窮地に追い込んだのです。
そこから抜け出すために全員が奮闘するなかで、棚橋弘至と中邑真輔が抜きん出た存在感を示したのは何故か。
それについて書かれた本ですので、言及は避けましょう。
そのなかで、棚橋の「プロモーションの効果は三年後に現れる」という言葉が最も強く印象に残っています。
言うは易し。その三年後を信じて今を努力出来る人がどれだけいるでしょう。
この二人に続いて、オカダ・カズチカがレインメーカー(カネの雨を降らせる男)として登場したのも歴史の必然でしょう。
そして、そのオカダもまた、最初はブーイングを浴び、そこから現在の地位に這い上がっていったのです。
- 作者: 柳澤健
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/11/16
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