肉体と技術

「プロレスラーは強いんです」

この科白とともに、桜庭和志は表舞台に躍り出ました。

この桜庭の科白を雑誌で目にした時、私の脳裏を駆け巡ったのは、桜庭が所属するUインターではなく、新日本プロレスでした。正確に言うなら、“新日道場神話”です。

作家の夢枕獏が自著の『餓狼伝』で、大略「プロレスラーをなめてかかるな。あの肉体は脅威だ」という台詞を登場人物に言わせたように、プロレスラーの強さのイメージはまず、その肉体にありました。

刻を経て、現在。

総合格闘技は“MMA”という競技になりました。それは、その競技で勝つための方法論が確立されたということです。もちろん、それは日進月歩、日々新しい変化があります。しかし、方向性が定まったことは厳然とした事実です。

最早、プロレスラーの肉体が、その強さのイメージが入り込む余地はなくなりました。中邑真輔は一時期、「本当に凄いのはプロレスなんだ」という科白を口にしていましたが、凄い=強いではなく、中邑もそれを承知して言葉を選んだのであろうことは、想像に難くありません。

その競技で、そのルール下で勝つための技術を凌駕する肉体。それは最早、夢物語なのかもしれません。

現在、照れずに、その裏返しとしてのパフォーマンスに頼らずに、「プロレスラーは強い」と言えるプロレスラーが、何人いるでしょうか?