『鹿の王』感想②
上橋菜穂子の『鹿の王』では、人間のみならず、生きとし生けるものの体の複雑さ不思議さを説きます。
病もまた、その構成要素の一つです。その病を根絶することは事実上不可能で、わたしたちは共生するしかありません。
奇しくも、最近始まったNHKスペシャルの人体をテーマにしたシリーズで、人間の体が、従来の脳が命令して臓器や器官が働くといった一元的なものではなく、脳も含めた臓器や器官が自ら信号を発し、互いに補完し合っていることが指摘されています。
ここで、埴谷雄高の『死霊』の示したテーゼをあらためて記すことも無意味ではないでしょう。かなり意訳していますが、それは下記のようなものです。
わたしたちは人間は、動物や魚、野菜といった他の命を食べることで体内に取り込み、それらが血肉になって人体が構成されます。ゼロから自前で作り上げたものなど皆無です。
そのようなわたしたちが自らに問うべきは、「わたしとは何か」ではなく、「何を以て自分とするのか」であるべき。
人間の体の不思議。だって、わたしたちは自分の意思で体の中の臓器や器官を動かすことが出来ないのです。
また、現代の科学は、喜怒哀楽の感情すら脳内を走る電気信号として検知することが可能です。
わたしたちが思うこと、考えること、あるいは行動は、どこまで自分のものなのでしょう。何を考え、何をしても、それらはある条件下に生まれ、そうなれば当然する経験をしての結果でしかなく、そこに自分はなく、あくまでも物質的な反応に過ぎなかったら?
それでも、「それでも」と続けましょう。それでも、そういう認識を抱えながらも、愛していると思える相手、自分よりも大切と思える相手がいるのが人間の素晴らしさであり、そう思える相手がいるのは幸せなことだと。
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