『オリヴァー・ツイスト』

ディケンズの『オリヴァー・ツイスト』を読みましたが、なんとも感想を書きにくい小説です。

主人公の少年の名前がオリヴァー・ツイストですから、彼の経験する出来事と、それらを経ての人間的成長を描いた物語と思いきや、そうではありません。

オリヴァー少年は、物心ついたときから純粋で心優しく、それはずっと変わりません。彼は、物語の中で、自分の心と社会の在り様の齟齬に対して葛藤や疑問を抱き、それを乗り越えるという経験をしないのです。

端的に言って、オリヴァー少年は成長しません。最初から最後まで、彼はずっと彼のままです。冒険や経験を経て人間的に成長することもありません。

では、彼の周囲の人たちが、オリヴァー少年から良い影響を受けて変わっていく姿を描く、つまり彼が狂言回しや触媒として機能する構成の物語かといえば、そうでもありません。

彼ら彼女らにも人生という物語がありますが、それはオリヴァー少年とは関係なく進んでいきます。

そのなかで、唯一の例外が一人います。ある女性が、オリヴァー少年を救おうと試みます。この彼女だけがオリヴァー少年の登場によって人生を大きく変えることになります。しかし、その行動をオリヴァー少年が知ることはなく、主人公の視点に立てば傍流のエピソードに過ぎません。

そういう物語の中で、何が描かれたのでしょう。わたしは、人の善き心と、それを信じる良き心の尊さだと理解しました。

物語の終盤に描写される、個人の名前も顔も持たない、人の在り方としての大衆というモノ。その品のなさと下衆なエネルギーは『二都物語』で描かれるフランス革命のときのパリ市民に通じます。

オリヴァー少年と彼を助ける良き人々と対比される対象として配置されたのは、悪い泥棒一味ではなく、この獏として正体のない大衆なのだと受け取りました。

構成や完成度としては留保を付けざるを得ませんが、愛されるのがよくわかる、何とも不思議な作品です。

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)

オリヴァー・ツイスト (新潮文庫)