読書

完璧なる水晶

五條瑛の『パーフェクトクオーツ』を読みました。現実の東アジア情勢を下敷きにした“鉱物”シリーズの第三作です。この作品の前に発売された『スパイは楽園に戯れる』が、『パーフェクトクオーツ』が改題されたものとされていましたが、それは著者と出版社の…

『サヨナラコウシエン』

天久聖一の『サヨナラコウシエン』を読みました。物語は、おじいちゃんが孫のランドセルを買うところから始まります。そこで描写されるおじいちゃんは台詞もなく、その姿もモブキャラのように記号的です。そして、すぐに亡くなってしまいます。そのおじいち…

同時代を撃つ

五條瑛の『Blue Paradise in YOKOSUKA』を読みました。五條瑛の作品は、三人称の視点が厳格です。“鉱物”シリーズは基本的に主人公の葉山隆の視点で語られるので、相棒の坂下冬樹の姿も葉山の目を通して描かれます。今回は逆、坂下が主人公となり、彼の見る葉…

好漢

すべてが順調な人などいません。誰もが悩みや鬱屈を抱えながら日々を凌いでいます。わたしがネットで意見めいたことを書くのは、このブログとツイッターだけですが、そこで痛切に感じるのは、自分が何ら特別な知見を持ち合わせてはおらず、いつも教えられて…

歴史の齟齬

わたしは世代論が好きではありません。それは、相手と一人の人間として五分に向き合いたいからです。しかし、あえて世代をキーワードに書いてみます。ひとつ前の記事でも書いたように、船戸与一の『エドワルド・ファブレスの素描』はスペイン内戦を扱ってい…

まだまだ船戸与一

日本冒険作家クラブ編のアンソロジー『幻!』に収録されている、船戸与一の『エドワルド・ファブレスの素描』を読みました。スペイン内戦を取材する船戸与一の、“わたし”という一人称で語られる作品です。作品の中に、スペイン内戦当時の兵士の手記が船戸与…

懐かしい再会

日本冒険作家クラブ編の短編集『血!』に収録されている、船戸与一の『ノロエステからの伝令』を読みました。未読の船戸作品を読むのは、遺作となった“満州国演義”シリーズの完結編『残夢の骸』と、その後に購入した雑誌「ジャーロ」に収録されている短編『…

難しい現実認知

誉田哲也の『武士道ジェネレーション』を読みましたが、感想を書くにあたって困っています。作家の「これを言っておきたい」という動機によって小説が書かれても、それは構いません。その内容を肯定するにしろ否定するにしろ、それは読者の自由です。この物…

プロとは

好きなことを仕事にするのは諸刃の剣です。それが義務になり、負担になり、苦痛になって、せっかく好きだったことが嫌いになるかもしれません。では、仕事は仕事、生活の糧を得るための手段であり、労働時間を提供して対価をえているのだと割り切ったら精神…

嬉しいと寂しい

五條瑛の“鉱物”シリーズの短編集『Analyst in the box 1』を読みました。kindle限定で発売されていたものを書籍化したオンデマンド本です。まず、その試みの新しさに驚きました。そして、五條瑛ほどの筆力を持つ作家でも既存の媒体では活躍の場がないことに…

母は惜しみなく

シェイクスピアは『リア王』で書いています。「When we are born, we cry that we are come to this great stage of fools.」意訳すれば、赤ん坊が生まれてくるとき泣き喚いているのは、馬鹿げた世界に送り出されたことを嘆いているからということです。その…

『キミ金』

何事、壁にぶつかったときには基本に返るのが常道です。井上純一の『キミのお金はどこに消えるのか』は、経済に興味を持った人が手に取るのに最適な一冊です。まず何より、他の“漫画でわかる〜”と謳っている本との違いは、著者が読者に対してではなく、妻の…

『真説・佐山サトル』

漫画『ハチミツとクローバー』で、自分が何者であるのか、自分には何が出来るのか、自分というものがわからず苦しむ若者が、迷い彷徨う自分を見つめて、心の内で呟きます。「自分にないのは地図ではない。目的地だ」と。その裏返し。地図もない場所で、目的…

自負と謙虚

自分の周囲の人たちは、ただ毎日をやり過ごしているだけで、自分のように物事を(深く)考えていない……、などと思ったら大間違い。話さないからといって考えていないわけではなく、そこを見誤ってはいけません。ネットの普及とともに、掲示板、ブログ、フェ…

ボッシュ②

幼いころに、娼婦だった母親を殺人事件で失ったハリー・ボッシュ。その葛藤を克服しても、心の傷は決して消えはしません。ボッシュが物語に登場する女性たちとロマンスを繰り返すのは、そのことと無縁ではないはずです。しかし、シリーズが続くなかで年齢を…

ボッシュ①

物言わぬ死者の代弁者として犯人を追う刑事、ハリー・ボッシュ。物語の最後、官僚然とした上司は、ボッシュに、何故それほど頑張るのかと尋ねます。ずっとボッシュの物語を読み続けている読者なら、その答えは自ずと明らです。それは、彼がハリー・ボッシュ…

反骨の夏

さて、つまらない記事が続きましたので、それに対するカウンターの意味も込めて、各出版社の夏の文庫フェアの顰に倣い、個人的夏の読書のご案内を。今回は、あえて小説を取り上げず、ノンフィクションでいきます。辺見庸の『屈せざる者たち』は対談集です。…

価値観

故国の敗戦が避けられなくなり、自らの行動が勝利に何ら結びつかないと知りながら、ある作戦を遂行しようとするドイツ人のスナイパー。彼の作戦に気づき、追いかける男たち。その二つの視点から交互に語られる、第二次世界大戦の終戦間際の物語。欧米を舞台…

迷路

複数の人たちがまとまる最も手っ取り早い方法は、外部に共通の敵を作ることです。ならば、人類が一致団結するためには地球の外、宇宙から異星人が攻めてこなくてはいけないのではないか。そう空想せざるを得ないくらい、北東アジアの平和と安定を求めて集っ…

面子と大義名分

政治家は、有権者の支持によってのみ政治家たり得ます。つまり、彼ら彼女らが最も重視すべきは支持を得ること、あるいは支持を失わないことです。利害が反する二人の政治家が対峙して、双方が完全な利益(=自分を支持する人たちが完全に満足する結果)を手…

『国体論』

今上天皇が現在の日本国憲法を肯定し、その枠組みの中で象徴天皇としての役目を模索し実践してきたことに誇りを抱いているのですから、それを書き換えようとする者こそ“反日分子”と呼ばれるべきでしょう。それが、いつの間にか、国家権力機構に対して反対意…

UWF終わらず

多くの職場で、職を辞する際、給与や仕事内容への不満が理由として挙げられますが、本音のところでは人間関係、上司や同僚との不和が原因だと言われます。結局のところ、UWFも同様だったのでしょう。その最初期、夢枕獏はUWFを“運動体”と指摘しました。そし…

女神再臨

冲方丁の『マルドゥック・アノニマス3』は、長大な作品の第一部の完結編という趣です。ついに、ウフコックはバロットの手に“戻りました”。血塗られた都市の物語の、唯一の清涼な存在といえる彼女は、暗闇に差す一条の光、闇の光明の如き存在です。ずっと、こ…

へぼ将棋

船戸与一が亡くなって以来、未読の作品といっても、アンソロジーに収録されている短編か、小説以外の評論やインタビューしかないなかで、ずっと気になっていたのが『棋翁戦てんまつ記』でした。ずっと絶版状態だったのが文庫化されたのは、きっと藤井聡太の…

宮仕えは辛い

山田風太郎は、自作の採点が辛いことで知られています。どう読んでも傑作と思える作品が、本人に言わせるとB級やC級との評。“忍法帖”シリーズにおいて、そのなかでA級とされるものが、90年代前半に講談社ノベルスで刊行された作品群です。これらは一期と二期…

『手のひらの幻獣』

三崎亜記は、デビュー作の『となり町戦争』以来、現実と似ていながらも微妙に違う、架空の国を舞台にした作品を書き続けています。隅々まで作家の精緻な想像力が行きわたった“もう一つの世界”。そこには、わたしたちの暮らす現実世界とは異なる価値観があり…

もう一つの『長いお別れ』

同じ会話を日々繰り返すのは責め苦の如き苦痛です。そのとき確かに言ったことを、翌日には「そんなことは言っていない」と否定される毎日。いま話していることも、明日になれば記憶から抜け落ちて、言っていない、聞いていないと否定されるとわかっていなが…

記憶

『全電源喪失の記憶 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』を読みました。なぜ、本書のタイトルは“記録”ではなく“記憶”なのでしょう。記録は機械的な作業で残せます。しかし、記憶は不断の努力なくしては残せません。去る者は日々に疎しなら、時の流…

感動しない

『全電源喪失の記憶 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』を読むにあたって、自らに課したことがあります。感動しないこと。感動するという行為は外部からの働きかけに心が反応することです。それは、条件が要るということです。これは、謎解きを主…

悲劇再び

現在、『全電源喪失の記憶 証言・福島第1原発 日本の命運を賭けた5日間』を読んでいます。ページを繰りながら、わたしが思い浮かべたのは先の戦争の特攻隊の悲劇です。国と、そこで暮らす家族のために命を散らせた若者の行為を賛美する人もいますが、わたし…