価値観

故国の敗戦が避けられなくなり、自らの行動が勝利に何ら結びつかないと知りながら、ある作戦を遂行しようとするドイツ人のスナイパー。

彼の作戦に気づき、追いかける男たち。

その二つの視点から交互に語られる、第二次世界大戦終戦間際の物語。

欧米を舞台に第二次世界大戦を描くとき、ユダヤ人に対する差別を避けることは出来ません。

自らを正しく高貴な存在と規定するために、他の人種を差別する。そうする必要がある時点で、その価値観は偽物です。

その価値観に殉じたドイツ人スナイパー。

彼は大藪春彦の描くワンマンアーミーの孤高も持ち合わせていなければ、豊浦志朗の定義する硬派のように目的と手段が逆転することもありません。

自らが自らの価値になれない男は、他人の用意した歪んだ価値観が滅ぶとき、ともに死ななければなりません。

同じ狙撃を扱った、フレデリック・フォーサイスの『ジャッカルの日』で、標的になったのはド・ゴールでした。それに対して、今作では? 幼い子供たちです。それも、半ば無差別に。

文庫の解説を含め、目にする書評や感想の多くは、この作品がハンターの処女作であり、若書きながら後の名作の萌芽が見られるという論調です。

関係ありません。一つの作品として向かい合わなければ、読者として手に取った甲斐がありません。

戦争は人間同士の殺し合いであり、それは人の品性をとことん下劣にします。スティーヴン・ハンターの『マスター・スナイパー』は、この愚行を愚行と思わない態度を断罪した作品だと、わたしは思います。

マスター・スナイパー (海外文庫)

マスター・スナイパー (海外文庫)