へぼ将棋

船戸与一が亡くなって以来、未読の作品といっても、アンソロジーに収録されている短編か、小説以外の評論やインタビューしかないなかで、ずっと気になっていたのが『棋翁戦てんまつ記』でした。

ずっと絶版状態だったのが文庫化されたのは、きっと藤井聡太の活躍で将棋が注目された結果でしょう。ありがとう、藤井くん。

とにかく馬鹿げていて、くだらない。そして、それが素晴らしい。

どうしても船戸与一に注目しての読書となってしまいましたが、硬派で強面というイメージとはまるで逆、冗談好きで子供のような様子に、この作家がますます好きになりました。

登場する他の作家も、ただの仲良しではなく、互いを認め合った者同士。だからこそ言えるきつい冗談、毒舌も交えての観戦記や注釈、挑戦状に挑戦受諾状は、さすが一流作家たち、読み応えたっぷりです。

筆が乗っているどころではありません。言葉が走る疾る。おそらくアイディアが出なくて書きあぐねるなんてことはなかったはずです。嬉しそうに書いている作家の姿が目に浮かびます。

そして、本のなかで元気が有り余るほど元気だからこそ、読み終えて痛切に感じる、船戸与一がもういないという事実。

雑誌で追悼特集号が出ることも、あるいは追悼本が編まれることもないなかで、この本はわたしにとって貴重な一冊になりました。