女神再臨

冲方丁の『マルドゥック・アノニマス3』は、長大な作品の第一部の完結編という趣です。ついに、ウフコックはバロットの手に“戻りました”。

血塗られた都市の物語の、唯一の清涼な存在といえる彼女は、暗闇に差す一条の光、闇の光明の如き存在です。ずっと、この『アノニマス』において、登場しても物語の本筋に絡むことがなかったのに、その存在感は抜群。

やはり、この“マルドゥック”シリーズは、『マルドゥック・ヴェロシティ』では時系列的に登場することがなかったにもかかわらず、ウフコックとバロットの物語だったのだと再認識しています。

人の心を支配しようとする敵。その武器は特殊な針で、それを相手の体に打ち込むことで内面から自分への共感を起こさせるというもの。暴力や金銭で屈服させるよりも性質(たち)が悪い。

その人工的な共感を凌ぐ想い。それを読者に納得させ得るのは、これまでの物語の積み重ねと、作家の筆力のみ。

正義の反対は悪ではなく、また別の正義。利害で結びつく者たちの、その結びつきの弱さ。ならば、他者に仕向けられた共感は?

さあ、ここから戦いの始まりです。それは活劇であると同時に、心の戦いでもあります。