逢魔が刻

自動車を運転するに際して最も危険な時間帯は深夜にあらず、夕方です。昼と夜の境。目に映るものの輪郭が柔らかく溶けていきます。黄昏という言葉は「誰そ彼」、あれは誰だと問う言葉です。

そして、夕方を表現する言葉がもうひとつあります。「逢魔が刻」です。

その“魔”に出会った男たち。ある飲み屋の常連だった四人の男たちが、にこにこと愛想の良い町人風の男に誘われたのは押し込み強盗。あえて素人と組むことで奉行所の追求をかわすという計算です。

一人は、ヤクザ仕事で日々を凌ぐ男。数年前に妻に去られ、いままた知り合った女も彼の前から姿を消します。

一人は、友人の妻と通じ、手を取り合って脱藩して江戸の町の片隅で暮らす武士。その妻は病を得て、その命は長くはありません。

一人は、若く可愛い婚約者がいるものの、年上の女との関係を断ち切れず煩悶を繰り返す商家の若旦那。

一人は、かつての無頼の生活が忘れられず、娘夫婦の家でやっかいになりながら孫の相手をする生活に飽いている老人。

上手くいかない人生の“逢魔が刻”。そして、そこで出会った“魔”が誘う押し込み強盗の決行時間は、黄昏の夕方。

この作品はハードボイルドとも犯罪小説ともカテゴライズされます。押し込み強盗の前と後。そこに描かれるのは、ままならない人の世の、もしかしたら愚かだからこそ哀しくも愛おしい人の営みかもしれません。

全編を通して香り立つ、深い苦み。静かながら確かな読み応えのある一編でした。

闇の歯車 (文春文庫)

闇の歯車 (文春文庫)