アントニオ猪木VS藤波辰巳

今回は、事実関係を検索して調べなおすことをせず、すべて記憶を頼りに書きます。事実誤認があるかもしれませんが、それも含めての内容とご承知ください。

あれは、選手の大量離脱によって新日本プロレスが窮地に陥っていた時。長州力たちはジャパンプロレスを設立して全日本プロレスのリングへ、前田日明たちはUWFへ。新日本は日本人レスラーの駒が絶対的に不足する中で、WWF(当時)とのパイプによって豪華な外国人レスラーを招聘することで、何とかシリーズを繋いでいる状態でした。

そこに唐突に発せられたアントニオ猪木の言葉。誰か、オレを倒してみろ。古舘伊知郎曰く、“逆下克上宣言”。

そして、アントニオ猪木VS藤波辰巳の一戦が組まれました。何ら必然性の無いカード。ただ、新日本プロレスの頂上対決というだけでした。

試合は当然のことながら、白熱しました。そのハイライトは、藤波が猪木に仕掛けた「足4の字固め」でした。リング中央で、これ以上はないというくらいがっちりと決まりました。攻める藤波、耐える猪木。しかし、この場面、主役は劣勢の猪木でした。

「折ってみろ」

この猪木の言葉を、実況の古舘の口を借りて聞いた時、子供ながらに猪木のエゴイスト振りに愕然としました。その言葉を聞いた藤波の顔は涙でくしゃくしゃ。

子供でもわかる理屈です。藤波が猪木の脚を折ることなどできはしません。何故なら、それをした瞬間、新日本プロレスは倒産するのです。選手不足に喘ぐ新日本が、さらに猪木を欠くことなど許されません。

「藤波よ、猪木を愛で殺せ」と古舘が叫んだのは、この試合でのことだったでしょうか。ぎりぎりまで追い込まれた男達の精一杯の闘い。悲しみに満ちた試合でした。

猪木VS藤波という時、多くの人は猪木のキャリアの晩年、チャンピオンの藤波に猪木が挑戦した、60分フルタイムドローのIWGP戦を思い出すことと思います。試合後、長州力が猪木を、越中詩郎が藤波を肩車し、戦った二人が握手をする場面は感動的でした。こちらの試合が“陽”なら、今回取り上げた試合は“陰”。同じ二人が闘いながら、その表現するものはこれほど違います。“そこに何を見るか”。

ところで、この足4の字固めの攻防とダブる場面がありませんか?

一つは、後年の、UWFが新日本に出戻った時のアントニオ猪木VS藤原喜明UWFならではのアキレス腱固めを仕掛けた藤原に、猪木が「締める角度が違う」とアピールした場面。

一つは、さらに時を経た、新日本とUインターの対抗戦での武藤敬司VS高田延彦

歴史は繋がり、連想は加速します。

※実は、今回取り上げた“アントニオ猪木VS藤波辰巳”の試合は、YouTubeで観ることができます。しかし、今回は、その動画を貼りません。感傷的と笑わば笑え。この試合を観たことは、大切な経験です。