『太陽がいっぱい』

午前十時の映画祭にて、『太陽がいっぱい』を観ました。

若さゆえの刹那、酷薄、憂い。そして、しなやかな強さ。男を見て「美しい」と感じたのは初めてです。

青い空、透明な海と白いヨット。美しい街並み。そして、タイトルにもなた太陽。そのすべてがアラン・ドロンのためにあったと言っても過言ではありません。

鑑賞しながら、大藪春彦の『野獣死すべし』を思い出しました。

両作品に共通するのは、若者が完全犯罪を目論むことと、友人を殺すことです。どちらにも、その場面において憎しみがなかったことを挙げておきたい。

太陽がいっぱい』において、もしも、その場面にて友人に対する恨みつらみ、自分を取り巻く世界に対する憎しみが描かれていたなら、アラン・ドロンの美しさは損なわれ、この作品は名作になっていなかったはずです。