『狼眼殺手』①

高村薫が『黄金を抱いて翔べ』でデビューしたとき、「どうして、こうのような作家が現れたのか」という驚きとともに迎えられたそうです。

月村了衛の『機龍警察』(ハヤカワ文庫)を読んだとき、まったく同じ感慨を抱きました。

この作家を語るとき、「冒険小説の復権」という枕詞とともに論じられます。確かに、その側面はあります。しかし、“側面”でしかありません。

古典とされる小説はジャンル分けを拒否します。それは捉え方次第。そこに何を見るか、あるいは読むか。読者の心の在り様に応えるからこそ、読み継がれるのであり、古典となるのです。

この“機龍警察”シリーズを、天邪鬼のわたしとしては、冒険小説や警察小説という括り以外の位置付けをしたくなります。

ポリティカル・フィクション。

山田正紀の『謀殺のチェス・ゲーム』や『虚栄の都市』の系譜に連なる作品として魅力的です。

この『虚栄の都市』は、映画『機動警察パトレイバー2 the Movie』の元ネタになっていると噂されているといえば、イメージしやすいでしょうか。

人は社会的な生き物であり、その関係は肩書や地位によるものです。その記号の如き人間関係がせめぎ合う物語。

シリーズ最新刊の『狼眼殺手』は、警視庁特捜部と、軋轢を持ちながら同じ警察組織の一員として捜査に臨む捜査一課と二課、それに東京地検特捜部や国税局査察部を加えた、虚々実々の駆け引きが繰り広げられます。

そして、警視庁特捜部長の沖津旬一郎が指す<敵>との戦い。

それを縦軸としながら、重厚な人間ドラマを横軸として織り上げた見事なタペストリー。

繰り返しましょう。「どうして、このような作家が現れたのか」と。