秘めてこそ
「タフでなければ生きていけない。優しくなれなければ生きている資格がない」とは、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』でのフィリップ・マーロウのセリフです。
それに対して「優しさが強さだと言ったとき、ハードボイルドは死んだ」と書いたのが船戸与一でした。
※記憶を元に書いていますので、違っていたら、識者の方、ご指摘ください。
私はずっと、船戸が優しさを強さとすることを否定しているのだと思っていましたが、文章は、どこに力点を置くかでニュアンスが違ってきます。そうではなく、彼が、マーロウが(言葉にして)そう言ったことに対して異議を申し立てているとしたらどうでしょうか。
『猛き箱船』の香坂が隠岐浩蔵に復讐したのは何故でしょうか。
『山猫の夏』の山猫の目的は何だったでしょうか。
彼らが自分の物質的利益を望んでいたのなら、「叙事の積み重ねが叙情を凌ぐ」ことはなかったはずです。
「優しさ」とは「想う気持ち」です。そして、「想う気持ち」は人を動かします。
それを言葉にするのは、他人に認められたいと望んだとき。そうなったら、その行動の純粋性は汚され、精神は堕落するだけです。
暴力のみが機能する状況の最前線で行動を志す者、即ち“硬派”を物語るハードボイルド。
秘すれば花。秘めてこそ、恋。