『天皇と東大』その一
大日本帝国の盛衰を描いた『天皇と東大』を読んで何よりも強烈に感じるのは、天皇陛下の孤独です。
『天皇と東大』は、雑誌連載時は『私の東大論』というタイトルでした。天皇陛下の出番は多くはありません。しかし、この国のあらゆる制度、あらゆる思想は、その存在を抜きに考えることはできません。多くの、本当に多くの人たちが天皇を語り、それとともに歴史を語り、社会を語り、この国の在り方を語ります。
その大半が「では、天皇陛下ご自身はどのように考えているのか」という視点を持っていません。現人神であろうと一人の人間であろうと、心があり意思があるということを慮りません。天皇という“存在”や“概念”を弄び、騒ぐだけです。
その狂騒を、例えば昭和天皇は熟知していました。所謂「天皇機関説問題」に、それは顕著です。物事の本質を見極め、ご自分の意思を表明しているにもかかわらず、自らを忠臣であると称する人々は、それを無視し、この国の舵取りを誤っていきます。「天皇陛下のためにしているのだ」という言い訳とともに。
権力は道徳に優越しない。『天皇と東大』に出てくる言葉です。
権力が道徳に優越しようという野心を持ち、その武器が、この国の道徳の基盤であり芯である天皇制だったというのは、何というパラドックスでしょうか。
- 作者: 立花隆
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
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