悲しみは怒りを呼ぶ

友人の父親が亡くなり、その葬儀に参列しました。つまり、私の親とほぼ同じ年齢ということです。

その悲しみは当人のものでしかなく、他人の私は自らの身に置き換えて想像するしかありません。と同時に、それは私の日常に何ら波風を立てず、いつもと変わらない時間が過ぎていきます。

「他人の悲しみを本当に理解することなどできはしない」「だからこそ想像し慮ることが大切」云々……。

それで何がしか考えたつもりか? 理解したつもりか? 自分の中に落とし所を見つけて位置付けたつもりか?

しゃらくせえよ、自分。