一瞬の浮遊感

MMAのリングで闘いながら、宮田和幸には、格闘家ではなくアスリートの佇まいがあります。それが、私という“見る者”の自己投影を拒みます。私にとって、ジャーマンスープレックスはプロレス技であり、それを宮田が繰り出しても、メカニカルな完成度に感心はしても、自己の何がしかを投影することができません。

しかしながら、そのジャーマンスープレックスの体勢に至る一連の動きには目を瞠り、ゾクゾクするような感覚を味わいました。

高い技術力に裏打ちされた宮田のタックルには、強い説得力があります。あのタックルのためにどれほどの情熱と時間を費やしてきたか。そこには、夢枕獏が言う“濃い時間”があります。

リング上30センチの世界。超低空タックルから相手の足を取り、するりと背後へ。まるでリングの上を滑るかのようでした。一瞬の浮遊感。視覚的な刺激。それは、マイケル・ジャクソンムーンウォークを初めて見たときの感動に似ていました。

これに似た体捌きを、かつて見たことがあります。藤田和之vs安田忠夫でのことです。組み合った藤田は安田の脚を弾き、次の瞬間、片膝をつくように身体を沈め、安田の左脇の下を潜り、バックを取りました。瞬発力というエネルギーの解放を見た思いでした。しかも、柔らかい。

積極的な動きで試合の主導権を握り、高い技術で相手をコントロールしながら、その次の段階に行けない。それを“塩漬け”などと揶揄されることもある宮田ですが、最も悔しい思いをしているのは宮田自身のはずです。「オレはもっとやれるはずだ」と。

その足掻きの先、今と違う宮田を見てみたい。その時こそ、彼は“プロフェッショナルレスラー”になれるのではないでしょうか。