第一回山本周五郎賞選考会6

<井上>教養小説、成長小説というのは、あるきちっとした社会の制度があり、よき市民というのもいて、そこへ近づいていくんだと思うんですが。

<山口>読み方が分からないんだ。たしかに帯は無責任だけど、本当に作者もビルドゥングス・ロマンを目指したとすると変なんだ。

<野坂>要するに主人公は、右の肩に一発、胸に一発、腹に二発、足に何発か受けて、しかもなおかつ逃げ切ったという成長をしただけの話です(笑)。まあ、今の読者の兵器についての関心とか、憲法第九条で抑圧されている部分を発散させた小説でしょうね。

<山口>悪党の倅が難病というのも月並みな気がする。

<野坂>僕がフェミニストなのかも知れないけれど、女を道具扱いするでしょう。これも僕は好きじゃない。

<田辺>でも、ましなほうですよ。もっとひどい作品がある、ハードボイルドなんかに。

<藤沢>それと、やたら殺しの細部を描写しますね、ドバッと血が出たり。あそこまで書く必要はあるんですかね。それがバイオレンスなんですか。

<山口>そこがいいんだという読者もいるでしょうがね。

<野坂>暑さでもって、壁に飛び散った血があっという間に乾いてという、ああいう場面にリアリティはありますね。

<田辺>砂漠を歩くと、目が血走って赤くなるというのもね。

<藤沢>こういう小説は、復讐物語なんだから、もっと気持ちがいいはずなんですよ。それがそうでないのは、正義が悪に勝つという図式が曖昧だからでしょうかね。どこまでが正義なのかというところがね。

<井上>現代ではつけにくいのかもしれないですね、正義と不正義の区別は。

<田辺>でも、あんなサハラの真ん中で、主人公は一人置き去りにされて、あっちに行きこっちに行きして、とうとう日本まで帰ってくる。そのコースは、波瀾万丈、あれはすごいですよ。

<藤沢>不満は多々あるけれども、この作品で船戸さんは冒険小説の典型に迫っていると思いますね。



今回は『猛き箱舟』についての箇所のみ抜粋していますが、他の候補作品も軒並みこてんぱんにやられています。『猛き箱舟』だけが特に批判的に評価されているわけではありません。

そして、最終的に『猛き箱舟』を含む三作品による決戦投票の結果、『猛き箱舟』は受賞を逃します。