第一回山本周五郎賞選考会5

実際の誌面には『猛き箱舟』以外の候補作についてのやり取りがあります。そして、休憩後、点数の修正をして(野坂昭如が『猛き箱舟』を三点に引き上げたりします)合計したところ、『猛き箱舟』が最下位となります。しかし、他の作品の中には、全委員から平均的な評価をされて合計点が『猛き箱舟』より高いものの、特に誰かから強く推されることもなく、「賞の性格から『猛き箱舟』かもしれない」と言われるものも出てきます。

<野坂>僕、趣味的に言わせてもらえば、ああも無闇に人を殺す『猛き箱舟』のような小説は好きじゃないですよ。

<山口>力はあると思うんだけれど、どうしてもこれは、劇画で見たほうが面白いという感じがあるんだ。

<井上>ユーモアというか、おかしさがあるとこれだけ長いものでもぐんぐん読めるんですが、かなりこわもてで行きますからね、読者も一緒に疲れちゃうところがあります。

<藤沢>草臥れますね。

<藤沢>船戸さんのような小説は、日本人がピストルをバンバンやる、そこをいかにリアリティをもたせて読ませるかが苦しいところなんですね。その面から言うと、これは成功した作品なんです。ただ、あまりにもバッタバッタと人が死んで。

<野坂>主人公がなんでそういうことをやったのか、そこがどうもよく分からない。

<田辺>その説得力はないですね。

<山口>帯に書いてあるビルドゥングス・ロマン、作者もそう思っているのかね。

<野坂>まあ、帯はかなり無責任だけれど。

<山口>どういうふうに彼は成長したのか、こんなテロリストになりました、その「こんな」が分からないんです。

<藤沢>一応書いてはあるんです。ここまで成長したというのは。

<山口>作者が言っているだけでしょう。

<藤沢>主人公を雇った隠岐浩蔵が言ってるんです。

<山口>結局それは、作者が言っているのと同じでしょう。ああ、なるほどすごいテロリストになったなと読者は−僕は感じなかったんですよ。

<藤沢>それは私も感じなかった。そこが欠点です。

<山口>目が死人の目になったといったって、それがどうしたと言いたくなるものね。

<藤沢>私もそこはね。チンピラが死人の目をしたテロリストになったと言われても、上に行ったのか、下に行ったのか分からない。船戸さんはどうも、成長したと見るらしいのですがね。

<山口>だいいち、立派なテロリストというのが分からない。