第一回山本周五郎賞選考会2

<田辺>私は四・九なんです。とっても面白かった。ほとんど満点に近いんですが、なぜ〇・一駄目だったかというと、登場人物がみんな死んでしまうんですね。このごろは、女の人もたくさん冒険小説を読むようになりましたから、全員が死ぬというのは女性の嗜好にそぐわない。これは営業上の問題で作品の本質とは関係ないんですが、それで〇・一……。

とにかくぐんぐん引き入れられて、読んでいるうちサハラ砂漠の砂が口の中にジャリジャリと入ってくる、そんな感じがしたんですね。前に船戸さんの『山猫の夏』を読んだ時も、あれは南米でしたか、いかにも暑い、やるせない気候という、そんな臨場感があって、ものすごい腕力をもった人だと思いましたが、こんどもその腕力に捩じ伏せられてとても面白く読んだんです。下巻になるとたしかにいくらかだれるんですが、でもそれは瑕瑾であって、これだけ波瀾万丈の、かつての山中峯太郎みたいな小説を書く腕力に敬服しましたね。

この間、夕刊を見ていましたら、リビアカダフィが、日本赤軍の菊村に指令をしたらしいというニュースが出ていて、ああ、船戸さんの世界は、現実にある世界なんだなと思ったんです。構成もたいへん骨太で肉厚で、荒唐無稽という感じを与えない。これだけの物語宇宙を構築する力、これは日本文学の中で最も手薄の部分なんで、大いに評価して上げていいんじゃないでしょうか。

女の人の書き方にしても、冒険小説で一番おざなりの部分だと思うんですが、この作品のシャヒーナという女主人公はよく書けています。何度か出てくる「箱舟」は、少し意味曖昧なところがありますが、曖昧なりに説得力があるんですね。最後になって、子供が描いた箱舟の絵が出ます。子供の童話というのは不気味な味がありますが、そういう不気味さが随所にちらちら出ていたり、一種の復讐譚ではあるのだけれど、どことなく荒涼の美が漂っていたり、娯楽小説としては一級の作品だと思います。ただ文章に「!」が多出するのは閉口です。