第一回山本周五郎賞選考会1

−では、船戸与一氏の『猛き箱舟』からお願いします。

<山口>これは私は三点です。大変な力作だとは思いますが、とにかく長過ぎますね。それと、一般に復讐物語というのは、いざ復讐する段になると復讐される側、つまり悪の巨魁が急に弱くなってしまうという印象を多くの場合に受けるんですが、この船戸さんの作品も例外ではありませんでした。あんなに強かった男が、どうしてこうも弱くなってしまうか……。
もっとも、こういう作品に関しては、私は選考委員の資格がないと思っています。兵器だとかマシーンだとか、マニアの方が読んだら舌なめずりするような場面があるのかもしれませんが、私にはもうお手上げなんです。
それから、こういう長いものを読む時は、中身に引きずり込まれて読まないととても読めないのですが、この作品にはそれだけの力がないように思いました。


<井上>私は四点です。日本の経済侵略というのでしょうか、高度成長期から今日まで、経済的な力が国外へ溢れて出て行った。それをわれわれは一人の日本人として、これでいいのかと考えて生きているのですが、そういう日本の侵略的な経済成長を批判するテーマは素晴らしいと思いました。

しかし、経済侵略は国外を撃つばかりじゃなくて、国内の非貿易部門もさんざん傷めつけるわけです。ですから、このテーマを復讐物語に織り込んだ以上、日本の支配層のもっと深い部分を復讐してほしかった。構えはとても大きくて面白いんですが、前半の圧倒的な面白さ、テーマ性と、後半の復讐譚が互角に釣り合っていないのではないかという印象を受けました。

また、主人公が最初に死んでしまうという設定、これも、僕の個人的な趣味なんですがもうひとつ気に入らない、主人公がすでに死んでいるということが分かっていて、そこへ至るナゾを解くというのは物語のスタイルとして十分あり得ますが、最初に死ぬところを見せられると心がはずまなくなる。そういうブレーキがところどころにありますね。その分、一点引かせてもらいましたが、いろんな手が縦横に使ってあって、たいへんにレベルの高い作品だと思います。