我がこと

ネットも含めて媒体を問わず、「他人より気の利いたことを言う」ことに重きを置く風潮があります。それは、芸能人がコメンテーターの役割も割り当てられるようになったことに顕著です。

高村薫が時事的な評論を書くようになった当初、その内容について否定的な意見を見聞きしました。その論旨は一つ、「小説と比べて言っていることが普通で面白くない」というものでした。

そう言う読者は、「なるほど、さすがは高村薫、上手いことを言う」という刺激が欲しかったのでしょう。

しかし、物事と真摯に向き合い、それを言葉にしようとしたとき、奇を衒う余地はありません。

高村薫の現時点での最新作は『土の記』、農業を扱ったものです。だからというわけではありませんが、この作家の評論を読むと、土の中にしっかりと張った根っこを思い浮かべます。

この『作家的覚書』を読んで感じるのは、高村薫が、世の出来事を決して他人事と眺めたりせず、我がこととして受け取っていることです。そうして紡がれる言葉。

そして、言葉にすることの大切さ。『サピエンス全史』を思い浮かべます。これを怠り、疎かにしては未来はありません。

作家的覚書 (岩波新書)

作家的覚書 (岩波新書)