芸術の春
絵心の無さには自信があります。専門知識もありません。そんな素人も、本物の前にはひれ伏しました。
展示室の出入り口には透明なビニールのカーテンが引かれ、美術館側の本気度が窺えます。
襖絵を展示するということで、それをはめ込む周囲の木の部分、柱や欄間も再現してあり、手前には畳も敷いてあります。
いきなり目に飛び込んでくる青。視界いっぱいの海です。岩に当たって砕ける波、海面の小波、次の波。
近づいて見ては、離れて眺め、また近づく。ジグザグの軌道で絵の前を移動します。
一般的な襖絵と比べて鮮やかに過ぎるはずなのに、不思議に違和感がありません。描かれたのは昭和なのに、当時の人たちは見ていないのに、古の奈良の世界に誘われました。
何と不思議な平城京。
その他の絵も、わたしを立ち止まらせて放しません。近づいて、あるいは一歩引いて、その襖がある唐招提寺にいるかのような錯覚を覚えながら鑑賞しました。
そして、絵心が無いのに目の奥に涙がにじむ気配があり、自分で驚きました。同行者がいなければ、外にこぼれていたかも。