もういいや

森瑤子にはたくさんの著書がありますが、そのほとんどが短編集です。目の前に文庫の赤い背表紙がずらっと並んでいますが、その中から目当ての作品を探し出す気力がないので、記憶を頼りに書いてみます。

ある夫婦の話。結婚して数年が経ち、お互いに相手を異性として意識することもなくなっています。熱く燃えた恋人同士だったのも今は昔。男性はその日常に埋没していることを自覚していませんが、女性はそのことに不安を感じています。

そもそも二人を結びつけたのは絵でした。芸術への憧れと野心。そうして二人は互いをパートナーとして意識していったのです。

そこで、女性はかつての二人の気持ちを甦らせるべく、ある美術展に出かけようと男性を誘います。それに対する男性の返事が、

「そういうの、おれはもういいや」

女性の、これからも二人で生きていきたいという想いが折れました。

なぜ、この話を思い出したかというと、最近、本棚の整理をして数十冊の本を処分したからです。

見事に、これを読みたいという強い動機もなく、好きな作家の新作だから、読み続けているシリーズの最新刊だからという理由で買っていた本ばかりでした。つまり、「この作家はもういいや」と思ったのです。

そう思ってしまった自分を持て余しています。

理屈はどうあれ、自分の意志で読んでいたんだよ。