『逆回りのお散歩』

内田樹高橋源一郎の『ぼくたち日本の味方です』で、この時代の小説の在り方が語られています。

大略「わたしたちの共同体のすぐ外側に、もう一つの異なる共同体があるのではないか。それを描けるのは文学だけだ」という話です。

三崎亜記の『逆回りのお散歩』を読んで、それを思い出しました。

この「共同体」は「世の常識や価値観」と置き換えることも可能でしょう。三崎亜記の諸作品は、その脆弱さを突きます。

読んでいて、その堅固な虚構世界に取り込まれ、当たり前と思っていたことが当たり前でなくなり、非常識と思っていたことが非常識でなくなります。

その不安定になった足場を再び固めようとしたとき、頼りになるのは己のみ。読者は、物語を読みながら自分自身を見つめることになります。

『逆回りのお散歩』は、毒のある風刺です。誰がどう読んでも、舞台となる地方都市は現在の日本の暗喩です。そこで描かれる権力の側にいる人たちと一般市民、双方への厳しい態度。

好きで読んでいる作家ですが、その反骨心の強さに驚きました。

逆回りのお散歩 (集英社文庫)

逆回りのお散歩 (集英社文庫)