聖地巡礼もどき

もう何年も、一人でお酒を飲むときのお供は、西岸良平の漫画『三丁目の夕日』と『鎌倉ものがたり』でした。汚れてもいいように、いわゆるコンビニコミックで買っていました。

その『鎌倉ものがたり』の舞台の鎌倉に、生まれて初めて出かけました。

鎌倉駅から、まずは小町通りを歩いて鶴岡八幡宮へ。いきなり、かつて源実朝が暗殺された事件を下敷きにしたエピソードに描かれていた風景が目の前に。この時点で、頬が緩みっぱなし。にこにこ。一通り散策して敷地を出るときも、何度も何度も振り返り、現実の風景と漫画の絵を重ねてしまいました。

続いて、大通りを歩いて由比ヶ浜を目指します。その途中に、鎌倉警察署が。ここも、幾度となく漫画に登場します。ここに“大仏署長”がいて、事件があると一色先生が駆けつけるのだと思うと、足の運びも軽くなります。

さあ、由比ヶ浜。ここを、一色先生と亜紀子さんが散歩しているのだと思うと、何だか不思議です。ただ、風が強くて、砂が飛んで口の中までじゃりじゃり。二人のようにゆっくり散歩とはいきませんでした。

そこから長谷寺に。順路に従って進むと、見晴らしの良い場所が。先ほど歩いた由比ヶ浜が眼下に見えます。その手前には住宅街。そうそう、一色先生の家も歩いて海水浴に行ける場所にあるので、その辺りのはず。

鎌倉駅から家まで、夜は魑魅魍魎が跋扈するのでタクシーを使った方が良いという話が時々ありますが、いま目にしているエリアの話なんだと、これまた想像力が膨らみます。

そこで昼食の時間。釜揚げしらすの入った海鮮丼です。そのお店では、今日は海が荒れていて漁に出られなかったので“生しらす”はないとのこと。残念ではありましたが、理由が素晴らしい。その納得感で満足です。

そして、鎌倉の大仏さまに会いに高徳院へ。いらっしゃいました。これも漫画のとおりと言ったら、「逆だよ」と突っ込まれそうです。近くまで寄って見上げると、雲ひとつない秋の透明な青空に端正なお顔が映えます。

そこから、またまた歩いて、鎌倉文学館へ。古い洋館で、門から玄関への道の途中に石のトンネルがあったり、雰囲気は抜群です。展示室に入ると、いきなり三島由紀夫の『春の雪』の原稿が。本物が複製か説明はありませんでしたが、三島の筆跡を本の写真ではなく直に見るというのは感動ものです。しばし立ち止まりました。

現在の時代風景を意識してか、先の戦争の前後の鎌倉の文士たちの活動の様子が特設展示されていました。

芥川龍之介の自殺を報じる新聞の、その扱いの大きさに驚きました。つまり、当時において国民的ニュースだったわけです。

また、戦中、紙の不足とともに本も不足し、鎌倉在住の作家たちが所有の本を持ち寄って貸本屋を作り、それが繁盛して経済的な支えになったという話には考えさせられました。どうして人は本を求めるのか。そして、書くという行為とは何なのかと。

秋の陽の落ちるのは早い。文学館を出たら青空が夕焼け前の薄い茜色に。風も冷たく感じられるように。

少し歩いて、長谷駅から江ノ電に乗りました。これも目的のひとつ。本当に、住宅街の中、くねくねとしながら家の側を通っていることにびっくり。車窓から見える海も風情があって、ただ電車に乗っているだけなのに楽しい。

途中に鎌倉高校があり、そこの踏切がアニメ『スラムダンク』のオープニングで描かれていて、外国からもファンが来るとのこと。もはや観光名所のひとつ。まさしく聖地巡礼

このような地元密着のローカル線がしっかり運営されていることに驚きとともに感動しました。定番商品を指して「愛されて〇〇年」というコピーがありますが、これこそ江ノ電に相応しい。そのような雰囲気を漂わせています。

古都鎌倉。観光地でありながら落ち着いた風情もある、素敵な街です。

ということで、初の鎌倉散策でした。