あの夜のこと
もう何年も前、友人と居酒屋で飲んでいたときのこと。
あるスポーツバーで女子プロレスラーだったジャガー横田をゲストに招いてのトークイベントがあり、出かけたところ、自分も含めて、これといった質問をする者がいなくて盛り上がりに欠けたという話が友人から出ました。
それを聞いて私が思ったこと。
女子プロレスが人気絶頂だった頃、それを担い、興行収入に多大な貢献をしていたのは、ライオネス飛鳥と長与千種のクラッシュ・ギャルズでした。そして、それと同時に、プロレスリングの技術と強さによって女子プロレスに競技としての説得力を付与していたのは、当時チャンピオンとして君臨していたジャガー横田とデビル雅美でした。
ファンの間でも、格付けにおいてジャガー横田とデビル雅美が上にいて、ライオネス飛鳥と長与千種は実力においては一枚劣るというのは受け入れられていました。もっとも、絶対的な強者ではないからこそ多くの少女の支持を得たという見方もできます。
そのジャガー横田が、当時、この構造をどのように思っていたのかに興味が湧きました。
その女子プロレスというよりもクラッシュ・ギャルズの人気の頂点のひとつが、ゴールデンタイムで放送された、“ジャガー横田VSライオネス飛鳥”と“デビル雅美VS長与千種”の二大シングルマッチでした。
その裏番組が、新日本プロレスの、やはり七時から九時までの特番だったことは特筆に価します。
そこで、クラッシュ・ギャルズと、抗争を繰り広げていた極悪同盟の因縁の決着戦のようなカードを組まず、あえて二つのシングルマッチを並べたことに、時代を掴んだ者の聡明さ、鋭さ、矜持を感じます。
かつて、プロレスオールスター戦が開催されたとき。メインイベントのアントニオ猪木とジャイアント馬場のBI砲の対戦相手がタイガー・ジェット・シンとアブドーラ・ザ・ブッチャーになったのは、ファン投票の結果ですが、そこに主催者の「お祭りなのだから、わかりやすく派手に盛り上がった方が良い」という意向があったことは想像に難くありません。
しかし、全日本女子プロレスは、それとは逆に、あえて二人を別々にリングに上げ、デビル雅美と長与千種は両者ノックダウンによる引き分け、ジャガー横田がニークラッシャーの体勢からのスープレックスでライオネス飛鳥から完璧なフォール勝ちを収めるという物語を用意しました。人気絶頂の二人がともに勝利を手にすることができなかった結末。しかし、テレビの前で私は深い満足感でいっぱいでした。ビデオデッキもなく、新日本プロレスの特番をほとんど見ることができなかったのに。
そんなことを思い出したのも、現在、柳澤健の『1985年のクラッシュ・ギャルズ』を読んでいるから。