二人の鬼

「勝った者は勝つべくして勝ち、負けた者は負けるべくして負けた」と歴史は教えます。そうしなければ、歴史が歴史でなくなるからです。

人生のすべてを柔道に捧げ、それ以外に何もない柔道家たちが、自分が食べていくことに、家族を食べさせることに困った戦後の混乱期、プロレスが救いの手を差し伸べてくれたことは僥倖だったでしょう。

しかし、プロレスは純粋に勝敗を競うものではないからこそ、魅力的であると同時に奇々怪々でもあります。真剣勝負の柔道で活躍した猛者たちが、リングの上でフェイクを演じる。その歪みが生んだ悲劇。

本書を読んでいて、私は、著者が“鬼の木村”について熱弁を振るえば振るうほど、人外の化生、異形の者としての力道山のイメージが膨らんでしまい、著者が書くように「木村政彦は負けたのだ」との思いを強くしました。

歴史は強固です。木村政彦の強さを称揚し、力道山の裏切り行為を暴いた本書を読み終えても、やはり「力道山VS木村政彦」であって、その逆、「木村政彦VS力道山」とは捉えられないのです。

それでも、昭和の神話が、神の手を離れて人間のドラマになりました。この本を読む前と後。そう思える作品です。