二つの『マルタの鷹』

ダシール・ハメットの『マルタの鷹』を読んだのは、船戸与一がきっかけでした。ハメットから大藪春彦を経て船戸与一へという流れを逆に遡ったわけです。

『血の収穫(赤い収穫)』は楽しめましたが、『マルタの鷹』は駄目でした。ただ読み終わらせただけというのが正直な感想でした。

振り返ってみれば、理由は思い当たります。まず第一に、わたしにハードボイルドを咀嚼する顎の力がなかったこと。第二に、そのジャンルの古典にして評価の定まった名作という先入観があって身構えてしまったこと。

そして、月日は流れ、“改訳決定版”が刊行されました。

手に取ることを、最初は躊躇しました。初めて読んでから、それなりに読書遍歴を重ねて、それでも楽しめなかったら、自分が経てきた時間を否定されてしまうのではないかと思ったからです。

それでも、読みたい本は読みます。まるで、自分で自分を試すような読書でした。

結果、とても面白く読みました。

ハードボイルドと云われる作劇については百家争鳴、わたしも何度か書いていますので、ここでは触れません。

主人公のサム・スペードと、彼を描く物語をひと言で表現するなら、「自分がいて世界があるのであって、その逆はあり得ない。その絶対性を脅かす者には容赦しない」ということです。

それは認識の問題であり、つまり生き方の問題です。

たんなる自己中心的な言動とは一線を画す、この非情な人物造詣に痺れました。

そして、何より、エンターテインメント小説として楽しめたことが収穫でした。

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

マルタの鷹〔改訳決定版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)