『黒警』

もう何年も、警察小説の隆盛が謳われています。しかし、私は話題になっている作品を何冊か読んでいるだけで、その流れに乗れずにいます。

かつて、テレビの刑事ドラマは、犯罪を題材にすることで世相や、その犯罪を犯さざるを得なかった者の悲しみを描き、視聴率という名の支持を得ていました。

警察小説もまた、設定や視点を変えることで生き残りを図りました。犯罪を捜査しない部署の警察官を主人公にしたり、事件や捜査そのものではなく、その周囲の物事を描いたり。

それを“新しい”と称揚し、それは現在も続いています。

設定の妙や着眼点の奇想が喧伝されては、著者たちも不満でしょう。それは器であって、盛り付けた料理に目を向けてくれと。

小さな、それでいて決定的な違和感を覚え、手に取ることすらないのは、私にとっても不幸でしょうが、駄目なんです。

月村了衛の『黒警』は、そのような“新しい視点の設定”に頼ることなく、それでいて従来の警察小説とは趣きを異にする作品です。

過去に負った心の傷を抱えて理想も希望も失くした主人公の、その魂の再生の物語。

豊浦志朗船戸与一)は、硬派は「体制側にも反体制側にいる」と記しています。(『硬派の宿命』)

硬派は権力や反権力という立場とは無縁であり、強者に立ち向かう弱者というステレオタイプな造詣を拒否します。強いも弱いもありません。討つ(撃つ)べき相手と自分。人間対人間、一対一の勝負。

“黒”とは、たんに汚れたという意味ではありません。そこに込められた作家の想いが主人公を通して表に噴出したとき、既にページを繰る手は止まらなくなっています。

黒警

黒警