私的:船戸与一論 其の十

大略「高度工業化社会と植民地を併せ持つアメリカを舞台としてハードボイルドは成立する」と云う船戸与一の作品の読者には、そのアメリカの覇権主義は現実そのものです。

船戸作品にはアメリカ以外の国を舞台にしたものも数多くありますが、上記のテーゼを踏まえて読めば、現代史においてアメリカの帝国主義の影響を受けていない国は世界に存在せず、その物語の向こうには必ずアメリカの影があります。

船戸与一は日本人であり、アメリカ社会の外側にいます。その船戸だからこそ書き得たハードボイルド。そう考えたとき、その船戸が『風の払暁』に始まる“満州国演義”シリーズを書き始めたことには、単に「日本に回帰した」とか「歴史物に手を染めた」という以上の想いと意味があるように思えます。

雷の波涛―満州国演義〈7〉 (満州国演義 7)

雷の波涛―満州国演義〈7〉 (満州国演義 7)