含羞

大藪春彦は、対談集『男たちよ闘いの荒野で死ね』(角川文庫・絶版)に収録されている五木寛之との対談で、こう言います。「いつも目だたないように、ひっそりと生きたいと思っているのに、なんだかんだと波乱万丈にひきずり込まれてしまうんで、自分でも不満でならないんですよ」と。

船戸与一は、辺見庸の対談集『屈せざる者たち』(角川文庫)で、「船戸さんの屈していないところ、屈しない人生観、生き方を〜」と話を振られて、「屈してばっかりですよ」と答えます。

さて、ここで一つフィルターを用意します。村上春樹の『ノルウェイの森』(講談社文庫)での一場面、主人公のワタナベと友人の緑の会話です。緑は、小学校での成績が良かったために、裕福な家庭の子供が通う中高一貫の私立の学校に通ったものの、自分は町の本屋の娘、周囲との価値観のギャップに苦しんだことを話題にし、こう続けます。

「ねえ、お金持ちであることの最大の利点ってなんだと思う?」

「わからないな」

「お金がないって言えることなのよ。たとえば私がクラスの友だちに何かしましょうよって言うでしょ、すると相手はこう言うの、『私いまお金がないから駄目』って。逆の立場になったら私とてもそんなこと言えないわ。私がもし『いまお金ない』って言ったら、それは“本当に”お金がないっていうことなんだもの。惨めなだけよ。美人の女の子が『私今日はひどい顔してるから外に出たくないなあ』っていうのと同じね。ブスの子がそんなこと言ってごらんなさいよ、笑われるだけよ」

大藪春彦船戸与一が上記の言葉を口にしたとき、羞じらいを含んだ笑みを浮かべている様子が目に浮かびます。

そういう笑顔の持ち主になりたい。