『羆嵐』吉村昭

吉村昭の作品を二冊、読みました。初めて読む作家です。ある掲示板でのやり取りの中で紹介していただきました。

羆嵐』は、極寒の北海道が舞台。雪深い山間の開拓村を、冬眠の機会を逃し、空腹に荒れた羆が襲います。

恐怖は思考を停止させます。野生動物は火を恐れると、大勢が集まって火を絶やさずにいるところを襲われ、より大きな村に助けを求めるも、銃はあっても手入れもされておらず、腕も悪くて役に立たず。警察が出動してきても、威勢良く体裁を整えるだけで、事態は寸毫も動かず。挙句に、夜の暗闇の(羆とは関係ない)物音に恐慌を来たす始末。

そこに登場するのが、性格破綻者として嫌われ者の老猟師。しかし、物語の終盤になって登場する彼は、しっかりしていて冷静で、誰よりも頼り甲斐があり、見事に羆を射止めます。他の人々に無く、彼にあったのは何か? それは、羆の生態に関する正確な知識。そして、目標を定め、そのために己を律するストイシズムです。

周囲の人々が忌み嫌い、眉を顰める酔っ払いが、羆と対峙する時だけ凛々しく雄々しくなり、それが終わると再び元の酔っ払いに戻る。まるで、大藪春彦の「静から動へ。そして、再び静に戻る」です。

無知は恐怖を生みます。それは、今回の震災で右往左往する私たちの姿です。

羆嵐 (新潮文庫)

羆嵐 (新潮文庫)