小川直也の見えない涙

“暴走王”というニックネームを奉られた小川直也

私は格闘技と呼ばれる試合を観て、たった一度、泣いたことがあります。小川直也VSエメリヤーエンコ・ヒョードル

“氷の拳”と呼ばれる凄絶な打撃を武器とするヒョードルですが、この試合、決定的な場面は別のところにありました。ヒョードルの打撃を嫌った小川が組み付き、そして、テイクダウンを狙いました。しかし、両者がリングに転がった時、上になって有利なポジションを取っていたのはヒョードルでした。一見攻めていたはずの小川が、いつの間にか劣勢になっていました。この体捌き。そのまま腕十字固めでヒョードルのタップアウト勝利。小川は見せ場を作ることもなく敗れ去りました。

その後です。勝者のヒョードルがさっさとリングを降り、一人残った小川。周囲には立錐の余地もなく席を埋めた観客。テレビカメラの向こうには万単位の視聴者。その期待を裏切った小川。泣きたかったでしょう。逃げ出したかったでしょう。それでも彼は、その当時在籍していた「ハッスル」のために、歯を食いしばって“ハッスルポーズ”のパフォーマンスをやり通しました。

その姿を見て、涙が溢れました。私はテレビの前で、小川に代わって泣きました。

逆境の時にこそ胸を張ることが如何に難しいか。定義は人それぞれですが、小川直也は“本物のプロレスラー”だとの認識を強くしました。最近はプロレスラーとして型に嵌ってしまったと評されることもありますが、まだ秘めたポテンシャルがあると期待しています。