回帰の物語

マイクル・コナリーの新作『判決破棄』は、弁護士のミッキー・ハラーと刑事のハリー・ボッシュの二大スターの競演を謳っています。これは、売り上げを意識した惹句としては理解できますが、読者に作品の本質を見誤らせます。

この作品は、(そう銘打っているように)あくまでも“リンカーン弁護士”シリーズの一作であり、主人公はミッキー・ハラーです。それは、作品名とともに、その構成からも窺い知ることができます。

物語は、ミッキー・ハラーが視点を受け持つパートと、ハリー・ボッシュが視点を受け持つパートが交互に配されています。そこに、ある顕著な特徴があります。それは、ハラーのパートでは一人称で、ボッシュのパートでは三人称で語られるという点です。

これを以って、この作品の主人公がミッキー・ハラーであり、ハリー・ボッシュがゲスト出演している脇役であることがわかります。交互に配されていても、ボッシュのパートは、一人称で綴られるハラーの物語を補完する役割を担っているのです。

そう理解すれば、この物語の幕がどうしてあのように下りたのかは自明の理です。物語の焦点はミッキー・ハラーにあるのですから、彼の物語が終われば、作品もまた終幕を迎えます。

では、(主人公の)ミッキー・ハラーは、この物語を経験することで何を得たのでしょうか。それは、自分が何者であるかを思い知ったことです。

この物語は、ミッキー・ハラーが内省的になったり自分を見失ったりといった、彼の煩悶を描いていません。それなのに、この手応え。

さすがマイクル・コナリー、小説の匠。