『夜に生きる』

その上質な手触りのタペストリーに描かれるのは、血と暴力と、愛の物語。無数の糸が織り成すのは、人の世の希望か絶望か。

デニス・ルヘインの『夜に生きる』は、禁酒法下のアメリカを舞台に、一人の若者の成長を描きます。

酔うことも許されない社会で、心をすり減らして日々の生活を送る人々は当然のこととして酒を求めます。表立って手に入れることができないものは、裏の流通ルートで供給されます。結果、禁酒法は、マフィアの勢力拡大に格好のきっかけを与えました。

敵の敵は味方……、でも敵。その合従連衡の中で、主人公のジョーは裏切り裏切られ、利用し利用され、生き延びようともがきます。

運命の出会いと信じた女性と愛し合い、引き裂かれ、彼の心は飢えを満たそうとするかのように貪欲に力を欲し、その力ゆえに翻弄され、その魂の行き着く先は天国か地獄か、はたまた人の世の汚辱の底か。

この作品を象徴する一文を引用します。

「時の始まりから、善いおこないは往々にして悪い金のあとについてきたのだ。」

良いとか悪いとか、それだけでは成り立たない人間の世界。それは、そこに生きる人々が未熟だからなのでしょうか。それとも、矛盾を抱え込んで生きざるを得ない、人間の業のせいなのでしょうか。

フィクションだからこそ描くことができる。『夜に生きる』は、そういう小説です。