エスピオナージュ

スパイの暗躍、謀略を扱った小説を読むのには集中力が必要です。一行たりとも疎かにはできません。

そうして読み終えた、ジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』。まるで迷宮の旅のようでした。

作家の佐藤優は「軍事情報を除けば、インテリジェンス機関が扱う秘密情報の95〜98パーセントは公開情報の中にあると言われている。筆者の経験でもその通りだ。」と書いています。

主人公のスマイリーは、ひたすらファイルを渉猟し、当事者にインタビューすることで、真実に向かって行きます。派手な活劇も、溜飲を下げるようなカタルシスもありません。その積み重ねの中で浮かび上がる国家と個人の姿。そこには正義も悪もありません。あるいは、正義の反対は悪ではなく、別の正義という世界地図。

一方、国家と組織の謀略に利用された男がいます。彼の佇まいが訴えるのは、人の集合体としての国家とは何か、組織とは何か、そこに属する人を利用し、犠牲にしてまで求めるべき利益とは何かという根源的な問いかけです。

そして、“獅子身中の虫”の男の心象風景。

読み終えて、口の中に苦いものが残ります。しかし、それは決して不快なものではなく、品質の良いコーヒーのように滋味があります。

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)