拒絶する

あの地震から一年が経とうとしています。

11日には、各テレビ局が、こぞって特別番組を放送することでしょう。

私は、それらの番組を視ません。内容の確認もしません。

私は、それが如何なるコンセプトのものであれ、あの大震災と、それに続く出来事の“物語化”を拒絶します。

素朴な憤りも、わかりやすい感動も要りません。

「叙事の積み重ねが叙情を凌ぐ」なら、口当たりの良い“解釈”に何の意味がありますか。