『原発労働記』

世界が、その人の認識の結果でしかないなら、知らないことは即ち存在しないことです。しかし、知らないことを知ってしまった以上、知らないままで済ませるわけにはいきません。そこで手に取ったのが堀江邦夫の『原発労働記』です。

すべてのページに、引用したい文章、紹介したいエピソードが溢れています。人間の英知を結集したと喧伝される原発が、稼動後の定期点検すら考慮せずに設計されていること。最先端の技術が、劣悪な環境に置かれた労働者の原始的な手作業に支えられていること。

トイレのないマンション。原発の矛盾を端的に表す言葉です。

一人の人間がそのすべてを知るには、世界は広く複雑に過ぎます。だからこそ、社会は、それを構成する人々の相互の信頼によって運営されます。専門家に任せれば安心、餅は餅屋と。

原発において、その中身がこうだったとは。

ニュースは、私たちの手元に届くまでに多くの人の手を経ます。情報を発信する側の、何をニュースとするかの決定権を持つ者の無知。貧しい想像力による結論ありきで、それに沿った情報の取捨選択と配置。そのフィルターを通る過程で情報は歪められます。

本書は、それらを排した当事者の記録です。原発について考えるための第一歩として相応しい本だと思います。

原発労働記 (講談社文庫)

原発労働記 (講談社文庫)