『あ・じゃ・ぱん!』2

西日本では大阪弁が標準語。かつての標準語は“東京官話”と呼ばれる方言の一つになっています。

東日本は中曽根康弘書記長が支配する社会主義国。新潟の山岳ゲリラのリーダーは、田中角栄

そんな架空の日本を描くことで、現実の日本を炙り出してみせる豪腕に脱帽です。

日本を東西に分断する壁を、現実のベルリンの壁になぞらえ、しかし、そこに現れる日本人ならではのメンタリティや行動を描く前半。分断国家の再統一への動きと、天皇とともに、日本人の心の支えとなる富士山を巡る暗闘を描いた後半。特に富士山は、この作品の基底音のように、全編に亘って多くの登場人物によって言及されます。

この『あ・じゃ・ぱん!』に限らず、前の記事で紹介した『スズキさんの休息と遍歴』と『ららら科學の子』も、本質的な主人公は“昭和という時代”です。『あ・じゃ・ぱん!』は、昭和天皇崩御のすぐ後から物語が始まります。上に“架空の日本を〜”と書きましたが、より正確には“架空の昭和を〜”と書くべきでしょう。

言葉によって世界を、社会を、人間を捉え、描写する作家の執念のようなものが行間から溢れるような作品です。語り手が日本語に堪能なアメリカ人ということで、時折り挟まれる日本のことわざや慣用句が、微妙に間違っていて、それで何となく的を射ているようで、くすりと笑わせられます。他にもにやりとさせられる描写が随所にあり、下手なコメディよりも面白い作品でもあります。

個人的に嬉しかったのは、平岡公威(三島由紀夫の本名)という登場人物が飯沼勲を名乗ったり、最後のページの一行目が『奔馬』をなぞったものだったことです。そして、何より、最後の最後に出てきた主人公の名前。これにはやられました。

気付いたことを一つ。この作品は、矢作俊彦版『さらば愛しき女よ』でもあります。

読んで面白かったやら、感動したやら、そんなステレオタイプの感想を書くことを許さない作品です。これからずっと、心の中で咀嚼していくことになりそうです。

この作品を、終戦記念日に読み終えたのはまったくの偶然ですが、それはシンクロニシティ、意味ある偶然だと感じます。