『レディ・ジョーカー』(下巻)

「消エルコトニシタ……。レディ・ジョーカーからの手紙が新聞社に届く。しかし、平穏は訪れなかった。新たなターゲットへの攻撃が始まり、血色に染められた麦酒が再び出現する。苦悩に耐えかねた日之出ビール取締役、禁忌に触れた記者らが、我々の世界から姿を消してゆく。事件は、人びとの運命を様々な色彩に塗り替えた。激浪の果て、刑事・合田雄一郎と男たちが流れ着いた、最終地点。」

底知れない人間の悪意の前には、個人の矜持など吹けば飛ぶ砂のようなもの。レディ・ジョーカー事件は、その犯人たちの想像を超えて拡大していきます。

合田雄一郎と半田修平。追う者と追われる者。ともに刑事。

警察組織の在り様に自身を重ねられずに苦悶する二人は、誠実であるが故に、自分の置かれた状況と周囲の人びとに迎合することができません。そのけりをつけるためのアプローチが決定的に違っただけで、まるで一人の人間が合わせ鏡に映っているかのようです。

日之出ビールもまた、組織です。組織とは、単純に個人の集合体ではあり得ません。人と人の間で揺れ動く打算と計算。組織(という得体の知れない何か)は組織自身を守ろうと、そこに属する個人を動かして蠢きます。そのトップとして苦悩する城山恭介。

そして、物井清三。単行本では「鬼気迫る何者か」と表現されていた彼は、この文庫版では「蒼白な鬼」と書き改められています。それほどまでに、欲にまみれた姿の見えない人びとの“悪意”から身(と心)を守るのは厳しいことなのかと、背筋が凍る思いです。

両親も家族もいない合田が、一命を取り留めた後に世界と自分を結びつける縁(よすが)としたのが、離婚した元妻の兄の加納祐介でした。

怒りを行動で表した合田は正しい。そして、加納を傷つけた慄きが、その怒りを掻き消すほど強かったのも当然。この物語は合田の青春の終わりを描いた作品でもありました。

レディ・ジョーカー〈下〉 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー〈下〉 (新潮文庫)