船戸与一『新・雨月』(下巻)

戊辰戦争を、近代国家成立のための生みの苦しみと位置付けるのは容易いことです。歴史の一エピソードとして語ることも可能です。

黒澤明の「用心棒」で、カメラマンの宮川一夫は地面に近い低い位置から撮影することで、臨場感に溢れた迫力満点の映像を作り上げました。

船戸与一の『新・雨月』もまた、地べた、地面というよりも地べたから戊辰戦争を描いた作品でした。上がどんな高邁な理想を語ろうと、血を流すのは名も無き雑兵たち。苦しむのは力を持たない民衆。そして、生き残るのもまた、彼ら。

このリアリティの前には、「戦国武将に見る人生訓」やら「〇〇にみる経営学」といった本はおままごと遊びです。

船戸与一は『蝦夷地別件』で国家(意識)の誕生を描き、この『新・雨月』で国家権力の奪取を描き、“満州国演義”シリーズで帝国主義の崩壊を描いています。

フランス革命の後、ジャコバン派による恐怖政治が行われたように、戊辰戦争の後、薩長閥による政治の独占が行われます。それは“満州国演義”シリーズでも扱われた2.26事件の遠因ともなります。

現在に連なる歴史は、教科書に載っているような事実の羅列で推し量れるものではないことを皮膚感覚で教えてくれた読書でした。

新・雨月下 戊辰戦役朧夜話

新・雨月下 戊辰戦役朧夜話

※終わり方にも捻りがあり、船戸作品らしい余韻に溢れたものでした。