『9.11後の現代史』

昨今、異なる他者への憎悪を吐き出す言葉が話題になりますが、それは「そう言っているのは一部の人たちで、大多数は穏やかで理解のある考え方をしている」という注釈とともに語られます。

際立って目立つ少数派だからこそ耳目を集めるのなら、イスラム教もまた同様。原理主義を標榜する人たちは多数派ではなく、その過激な言説を以て判断し、接すべき態度を決めるのは愚の骨頂ということになります。

酒井啓子の『9.11後の現代史』は、冷徹な眼差しで指摘します。中東、アラブ諸国で起きているのは宗教や宗派の対立ではなく、政治の対立であり闘争であると。

考えてもみませんでした。共産主義を掲げる中国で、あり得ないはずの経済格差があるのが理屈に合わないように、唯一神アッラーの前では誰もが平等であるべき国々で王制や首長制があることの矛盾を。

その合従連衡の繰り返しの中で、パレスチナ問題の重要度が相対的に下がっているという話には驚きました。

これはアラブ諸国にとって大義だったからです。それすら政治の駆け引きの中に埋没してしまう混沌に暗澹たる気持ちになります。

これは、船戸与一ですら戸惑い立ちすくんだ冷戦構造の崩壊に匹敵する歴史の転換です。

わたしたちはアメリカとヨーロッパの一部の国のニュースのみを世界の姿と思いがちですが、決してそうではありません。すべては流動し、同時に繋がっています。

日々のニュースは単発的で、それは仕方のないことですが、それを見聞きしただけで理解したつもりにならず、折に触れてきちんと本を読むことの大切さを実感した読書でした。