『こうふく あかの』

2007〜2008年のこと。

ある日、妻に妊娠したことを告げられた男。彼は困惑します。何故なら、もう何年も、妻の肌に触れることすらなかったのですから。そして、妻は「産みます」と宣言します。

「こう言えば、相手はこう思うだろう」「こう行動すれば、周囲はこう評価するだろう」という計算に基づいて働き、他人と接することを旨とし、それによって自分を位置付けてきた彼の世界が、音を立てて崩れ始めます。

2039年のこと。

衰退したプロレス界にあって、真摯に戦う一人のプロレスラー。“必死に”戦う彼の姿に、僅かながら、プロレス復興の芽が生まれてきます。その彼に、正体不明の新人レスラーが挑戦してきます。自身のデビュー時と同じ雰囲気を持つ相手に不思議な慄きを覚えながら、彼はリングに立ちます。

二つの物語が繋がる時、人の世の不可思議な縁に思いを馳せました。

その媒介となるのが、アントニオ猪木です。

著者の西加奈子は、アントニオ猪木を特集した雑誌で猪木について語っています。その内容についての引用は差し控えますが、見出しの言葉を紹介します。

「男性の方が猪木さんの試合を観て、『俺かて死に物狂いになりたい』と思う心境に憧れるんです。」

生きるとは、呼吸することと同義ではありません。より生きるとは何なのでしょうか。

そして、見る者の心をざわつかせ、エネルギーを与えるアントニオ猪木

他人を嗤っている暇などありません。

こうふく あかの (小学館文庫)

こうふく あかの (小学館文庫)