『レディ・ジョーカー』(中巻)

「城山は、五十六時間ぶりに解放された。だが、その眼は鉛色に沈んだままだ。レディ・ジョーカーを名乗る犯行グループが三百五十万キロリットルのビールを“人質”に取っているのだ。裏取引を懸念する捜査一課長に送り込まれた合田は、城山社長に影のごとく付き従う。事件が加速してゆく中、ふたりの新聞記者は二匹の猟犬と化して苦い臭跡を追う。―カオスに渦巻く男たちの思念」

この中巻では、レディ・ジョーカーを中心に起こった渦を描いています。そこで特徴的なのは、中心のレディ・ジョーカーを直接的に描写した章が無いということです。犯人を追って右往左往する警察と、特ダネを求めて事件を嗅ぎまわる新聞記者を描くことで、事件の得体の知れなさや、レディ・ジョーカーとは無縁でありながら、事件を利用して儲けを企む闇社会が浮き彫りになります。

人の営みとしての社会は、個人の想像の及ばない無辺際の集積で、眩暈が起きそうです。それをワンフレーズで表現することなど不可能で、具体的抽象的を問わず、あらゆるモノが縦、横、あらゆる角度の斜めに、“思惑”という糸で重層的に絡み合い、その前に立って慄くばかりです。

合田雄一郎は作中で自らの“欲”について自問自答します。事件を生み、さらに状況を加速させる欲。合田はその欲を肯定も否定もしません。人の世の在り様として見つめます。

その一方で、刑事としての自分に違和感を抱きつつ、どこまでも刑事である合田は、犯人の後ろ姿を視界に収め、“自分の欲”に従って動き出します。

次はいよいよ最終巻です。

レディ・ジョーカー〈中〉 (新潮文庫)

レディ・ジョーカー〈中〉 (新潮文庫)