『ザ・ボーダー』①

ドン・ウィンズロウの『ザ・ボーダー』を読みました。『犬の力』『ザ・カルテル』に続く三部作の完結編です。

今回、主人公のアート・ケラーは麻薬取締局局長として麻薬カルテルとの戦いに臨みます。前二作と同様、彼は徹底的に戦います。敵組織とも、保身を図り裏切る味方とも。

わたしは、この物語を読むにあたって一冊の副読本を用意しました。豊浦志朗船戸与一)の『硬派と宿命』です。

そこで定義される硬派の論を踏まえて読むと、ケラーは船戸の言う“硬派”そのものです。ひたすらに行動のみを志し、その理由を自らに設定しません。

もちろん、アメリカに暮らす人々を麻薬禍から守るという目的はありますが、それは彼の思想にまで昇華されてはいません。だから、戦争と呼ぶに相応しい苛烈な戦いを遂行するにあたっての心情が地の文や彼のセリフで語られても、それが正しく非の打ちどころがないものであっても物語の芯になり得ていません。

これは作品の欠点でも瑕疵でもありません。むしろ逆です。このことにより、物語はケラーの心情に寄り添う、より正確に言うなら寄りかかることから免れ、人間の根本的な在り様を描き、読者に問いかけるものになっています。

豊浦志朗は、大略「硬派は体制側にも反体制側にもいる」としました。それをケラーは証明しています。彼が硬派であるなら、わたしにとって『ザ・ボーダー』はハードボイルドです。

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)

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